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2008年4月23日 (水)

柔道か柔術か(14)

(承前)タニ・ユキオがどれだけ強かったか、プロレスラーによる評価を見てみよう。
 南アフリカ出身のプロレスラー、トロンプ・ヴァン・ディゲレンの自伝から。写真の左の人物がディゲレン。

Vandiggellen

 1908年にアポロ・サルド・クラブで、私は初めて柔術の凄みを知った。当時タニはイングランド中のミュージックホールで技を見せて回っていた。それまでヨーロッパではこの護身術はよく知られていなかった。すばしこいちっぽけなジャップが大男を数秒のうちにやすやすとやっつけるのを見て、人々は驚嘆した。力は無益だった。タニの技は敵の力を利用していた。タニが電光石火のごとくかけてくる技から逃れようと、こちらがもがけばもがくほど痛みが強くなるのだ。
……アポロ・サルド・クラブの常連たちの要望で、私はこの小さいがたくましいジャップと勝負してみた。まずはレスリングである。タニはフェアで柔術技は出さなかったから、二三分のうちに私がピンフォール勝ちした。これは当然の結果だったので、私は笑いながら柔術用のキャンバス製のジャケットを身につけた。十七秒後、私は笑うどころではなく、息が詰まって必死にマットを叩いていた。相手のジャケットに手をかけたと思ったらすぐにマットに叩きつけられ、起き上がろうとする前に相手の両足が首に絡みついて息ができなくなった。足を外そうとしてもどうにもならない。このホールドには力だけでなく何か特別のコツがあるらしい。
 もう一度やってみた。今度は、私がタニのジャケットを掴むと、彼は自分から後方に倒れて片足を私の腹にあてて、私は空を切ってとぶことになった。

Jujitsu1
起き上がるチャンスはなかった。またもや太い足が首に絡みついて締め付けた。今度は15秒で、私は両手でマットを叩いてギブアップした。このちっぽけな「黄禍」に肩を貸してもらって歩きながら、あんたはほんとに日本のチャンピオンなのか、と聞いてみた。「とんでもない。宣伝のためにそう言っているだけだ。日本では私など三流だよ。本物のチャンピオンはみんなアマチュアでね、見せ物にはしない。柔術の極意は宗教に近いのだ」

 レスラーと戦うときは相手に柔道着(「キャンバスのジャケット」)を着せたらしい。しかし現代の柔道着とはだいぶ違う。袖丈が短くて、ほとんど半袖シャツである。

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 護身術に使う場合は相手は洋服だからこの方が実戦に近いのである。場合によっては双方裸で、技だけは柔術の関節技や絞め技を使うこともあったようだ。

 この時代には、アメリカでは山下義韶(後に十段)などが柔道/柔術を教えている。コンデ・コマこと前田光世はアメリカからブラジルに行って、ブラジリアン柔術の開祖となった。
 ロシアには広瀬武夫がいた。広瀬は海軍の駐在武官であったが、日本の不思議な武術の達人であるらしいという噂が広まり、レスラーなどを相手に技を見せたこともあったようだ。サンボの起源は広瀬の柔術と関係があるらしいが、この話はまた。
 

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