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2008年4月12日 (土)

スパイとスパイ小説(2)

 はじめから英語で書いてある小説ならば、CIAが大いに参考にしているのは言うまでもない。
 CIAはアルカイダの容疑者をキューバのグアンタナモ基地などに拘束して拷問を加えているが、看守は名前などを絶対に明らかにしないよう気をつけているのだという。

 これはトレヴェニアンの『シブミ』を参考にしたに違いない、と私は思う。
『シブミ』の主人公、ニコライ・ヘルは、大東亜戦争中の日本で少年時代を過ごした。白系露人の母が日本陸軍の岸川将軍の愛人となり、ニコライは日本で大竹七段について碁のプロ棋士の修業をしたのである。
 日本の敗戦後、二十歳を過ぎたばかりのニコライは巣鴨刑務所に拘束される。

その三年間の拘留中、ニコライは理屈の上ではスパイ行為と殺人の罪による裁判を待っていることになっていたのだが、法的手続きはついぞ開始されなかった。一度として裁判を受けず、刑の宣告も受けなかったが、そのために、ふつうの囚人に許されているごく簡単な特権ですら、彼は認めてもらえなかった。(早川文庫版上巻p.277)

 アルカイダ容疑者と同じである。ニコライも激しい拷問を受ける。ところが、3年後、占領軍と取引が成立してニコライは巣鴨を出ることができた。彼は「シブミ」を体得した超人的な暗殺者になっていた。
 ニコライは、自分を拷問した三人の行方を突き止め、一人ずつ巧妙な方法で殺して行く。
『シブミ』では、ニコライを尋問する男が独房に入ってきて
「わたしはダイヤモンド少佐だ、犯罪調査部」
 と自己紹介する。これが後に命取りになったのだ。彼はスキー中の「事故」で死ぬ。

 もちろんCIAも、この小説のような超人的な暗殺者が出現するとは思っていないだろう。
 しかし、容疑者を釈放した場合に、万が一にでも個人的な報復を受ける可能性は排除しておくべきだ、という考え方をCIAが取るようになったのは、SHIBUMI(1979年刊)があったからに違いないと、私は思う。
 現実の政治や戦争やスパイ活動がフィクションの影響を受けるなどという馬鹿なことがあるか??
「馬鹿なこと」は十分あり得ると私は思う。
 現実の活動もフィクションも、人間が自分の頭の中で考えたことが外に現れたものだ。人間が考えることにそう大きな違いはないのである。
 本物のスパイの書いたものをスパイ小説と比べてみればこれが分かるはずだ。(続く)

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