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2008年4月13日 (日)

スパイとスパイ小説(3)

Kimphilby200

 1963年にソ連に亡命したKim Philby  キム・フィルビー(1912-1988)は、1968年にMy Silent Warという手記を刊行した。この本には、第二次大戦中に諜報部でフィルビーの直属の部下であったグレアム・グリーン(1904-1991)が序文を寄せている。

Grahamgreene3

 これはフィルビーの敵が予期していたような本ではない。誠実な態度でよく書けた本であり、面白い話も多い。バージェスとマクリーンが亡命してからのフィルビーの話は、私の読んだどんなスパイ小説よりもはるかにスリルに富んでいる。プロパガンダに満ち満ちているはずだ、と言われていたのだが、実際には、そんなことは全くない。信念と動機を堂々と述べるのがプロパガンダであるとすれば別であるが。もちろん彼にとって目的は手段を正当化するのである。しかし、およそ政治に関わる者ならば、行動から判断する限り、誰でも同じように考えているはずであり、口に出して言わないだけである。これは政治家がディズレーリであってもウィルソンであっても変わらない。「彼は国を裏切った」と言われるか。確かに裏切った。しかし我々のうちで、国よりも大切なものや人を裏切らなかった者がいるか? フィルビー自身の目からは、彼は来るべき世界のために働いていたのであり、それがそのまま「国のため」だったのだ。

 この本を読んだのはもう20年くらい前であるが、「スパイ小説とそっくりだ」と思ったことを覚えている。
 ジョン・ル・カレやグレアム・グリーンのスパイ小説の「真似」のような感じがしたのだが、もちろんこちらの方が本物なのだ。(グリーンが明らかにフィルビーをモデルにした作品は『ヒューマン・ファクター』である。フィルビーがいなければル・カレのスパイ小説もなかった。)

「スパイ小説そっくり」のシーンは2箇所覚えている。
 ひとつは、スペイン内乱(1936-1939)のときである。フィルビーは特派員としてフランコ側に従軍してソ連のために情報を集めていた。あるとき尋問され身体検査を受けることになったが、ポケットには暗号表が入っている。どうすればよいか? フィルビーは隙を見て暗号表を飲み込んでしまうのである。
 もうひとつは外交官としてワシントンD.C.にいたときのこと。ソ連のスパイ管理官と連絡を取るのに、フィルビーは散歩に出て、予め打ち合わせてあった公園の木の幹にある空洞の中に書類を入れておくのだ。「そんな小説じみたことをしなくても、もう少しまともなやり方がありそうなものだ」と思うのは素人考えで、これが一番確実な方法だったらしい。
 スパイ活動がスパイ小説と似ているのは、このような具体的な「手法」についてだけではない。
 何のために諜報活動を行うか? そもそも諜報活動とは何か? こういう根本的な問題についても、ジョン・バカン、エリック・アンブラー、グレアム・グリーン、ジョン・ル・カレ、あるいはイアン・フレミングなどの考えたことと、実際にCIA、MI6、KGBなどの指揮者たちが考えていることの間に、そう大きな違いはないだろう、と思う。
 CIA元長官が手記を書いて米国のスパイ活動を赤裸々に告白する、なんてことはあり得ないから、これを実証するのはむつかしい。
 しかし、たとえば、ヒトラーの頭の中をのぞいてみることができたとしたらどうか? ワーグナーがそっくりそのまま入っていたのではないだろうか。第三帝国の滅亡は『神々の黄昏』だったはずだ。
 フィクションも現実も、人間が頭の中で考えたことを形にしたものなのだ。
   Erdichtung(フィクション)とRealpolitik(現実政治)を混同するなんてとんでもない、かどうか?

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