« ブニュエルと煙草 | トップページ | 柔道か柔術か(16) »

2008年5月20日 (火)

柔道か柔術か(15)

(承前--「格闘技」参照)タニ・ユキオは遅くとも1904年(明治37年)ごろにはミュージックホール・レスラーとして大活躍していた。
 バーナード・ショーの『バーバラ少佐』(1905年初演)に登場する乱暴者は、「日本人レスラーと17分4秒も戦った男がいる」と聞いて怯えるのだった。「日本人レスラーに勝った」のではない。そんな強い者がいるはずがない。17分以上もギブアップしなかったのがすごいというのだ。
 タニ・ユキオは英国全土を巡業して懸賞試合を行った。「タニに勝てば100ポンド、勝たなくても15分ギブアップしなければ20ポンド進呈」という懸賞だったが、賞金を獲得する者はほとんどいなかった。
 タニは小柄だったから(身長は5フィートではなくもう少し高かったという説もあるが、小さかったことは確か)、組み易しと見て挑戦する力自慢は多かった。しかし全く勝負にならなかった。
 タニがどういうふうに戦ったか、いちいち調べてはいないので想像で書くのですが、相手が素人の場合は数秒で勝負がついたと思いますね。柔術は関節技や絞め技が決め手であるが、そういうのを出すまでもなく、投げ技で決まったと思う。
 最近の格闘技ファンは「投げ技偏重の柔道はたいしたことがない。寝技中心のブラジリアン柔術の方が強い」と思っているようだけれども、それは誤解である。
 これは、オリンピックなどの世界大会がよくないのだ。柔道を知り尽くした者同士が国の威信をかけて慎重な戦いをする。だから微妙な勝負になって、組み手争いが続いたり、腕を突っ張り腰を引いて逃げに回ったりする。そうすると審判が両手を胸の前でグルグルグルと回して選手を指さし「指導!」と言う。あれがまことに滑稽で、柔道弱い説の元になっていると思いますね。
 柔道/柔術は元来ああいうものではない。武道/武術であるから、非対称的な戦いのためのものだ。
 どういうことかというと、相手がこちらの技を知らないことを前提にしているのですね。アテネ五輪で絶対の本命だった井上康生選手が二大会連続の金を取れなかったのは、外人選手が井上のビデオを徹底的に研究してきたからだという。スポーツではなく実戦の一発勝負ではそういうことはあり得ない。いきなり物凄い内股をかければ、それで決まりだ。

Mrt0804061959000p1

 その代わり、こちらも相手が何をしてくるか、全く分からない。タニが英国で試合をしていたときには、一応「パンチは反則」というルールがあったけれども、それでも反則をしてくる相手もいた。そういう相手にも何とか対応しなければならない。
 タニの場合、投げ技で十分効果があったのは、床が畳ではなく板張りだったことが大きいと思う。受身も知らない外人がいきなりズデンと倒されたら、それだけで戦意喪失したはずだ。大外刈りなどは、タニは自ら禁じ手にしていたと思いますね。きれいに決まったはよいけれど、相手が堅い床に後頭部から落ちて脳震盪を起こしては困るから。
 たいていの相手には投げ技で十分なのだけれど、大きくて力が強い者には技が決まらないことがある。そういうときは寝技に引き込んで関節を決めればよい。投げ技の場合のように数秒では済まないけれど、そう時間はかからなかったはずだ。――というような試合の様子がうわさとなって普通のイギリス人にも伝わっていたことが『バーバラ少佐』から分かるのである。(続く)

|

« ブニュエルと煙草 | トップページ | 柔道か柔術か(16) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/21049877

この記事へのトラックバック一覧です: 柔道か柔術か(15):

« ブニュエルと煙草 | トップページ | 柔道か柔術か(16) »