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2008年5月25日 (日)

柔道か柔術か(18)

 タニ・ユキオは第一次大戦が始まったころには、ミュージックホール・レスリングの世界から引退したようだ。大戦の帰趨が定まり始めた1918年には、日本人のコイズミ・グンジが中心になってロンドンに設立したBudokwai(武道会)で柔道/柔術を教えるようになった。
 タニは1880年(明治13年)生まれで、1900年に19歳で渡英した。ミュージックホール・レスリングから引退したあとは、1950年に亡くなるまで英国にとどまってBudowkaiで教え続けた。

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 1920年に嘉納治五郎がロンドンを訪れたときにはタニ・ユキオに講道館二段を与えている。
 Budokwaiは2008年で90周年を迎えた。現在英国で柔道をやっている人たちは、タニ・ユキオの孫弟子くらいに当たるようだ。
http://www.thebudokwai.com/

 これとは別に、1920年代の英国ではランカシアにビリー・ライリーのレスリングジム、いわゆる「蛇の穴」ができた。このジムからはビル・ロビンソンやカール・ゴッチが育ったことで有名である。

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 ただ、いわゆる「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」スタイルのレスリングについては少々誤解があるようだ。柔術にも無関係の話ではないので、次はこれを見てみよう。(続く)

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