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2008年6月26日 (木)

非暴力直接行動(5)

 ベ平連の事務局長であった吉川勇一氏の「非暴力と非合法」(1998年8月1日)から引用する。全文はhttp://www1.jca.apc.org/iken30/News2/N49/N49-11.html

一九五六年の砂川闘争
 いちばん有名なのは、一九五六年秋、東京都・砂川基地拡張阻止の運動の際、日本山妙法寺の僧侶たちがとった行動だろう。
 基地拡張のための強制測量を阻止しようとして、東京地区労の労働組合、全学連、平和団体などがスクラムを組む前で、黄色い衣を着け、団扇太鼓をたたく僧侶や信者たちが座り込んで読経を続けていた。退去を要求する何度かの警告の後、警察機動隊が排除にかかり、座り込む僧侶たちの頭の上に容赦なく棍棒を振り下ろした。この事件は当時、平和委員会のデモに加わってスクラムを組んでいた私の目の前で起こった。
 棍棒で頭を割られ、血が噴出し、倒れるものが次々と出ても、僧侶たちは動ぜず、ひたすら読経を続けた。機動隊の暴行によるその場面は、まさに凄惨と言うにふさわしいものだったが、私は、読経を止めぬ妙法寺の僧侶たちの行動に激しく心を打たれた。そのうち、警官のほうもそれ以上の殴打を止め、一人ずつ、引き抜いて連行してゆく方針に変えた。ついで、私たちのデモも引き抜かれ、二列に並んだ警官の列の間を一人一人、突き飛ばされ、殴られながら、離れた場所へつれて行かれた。だが、多くの参加者は、そこからまた遠回りの道を戻って再びピケット・ラインの後部についたのだった。

Nittatus

 日本山妙法寺は、藤井日達(1885-1985)が創立した日蓮宗の新宗教団体である。
 現在も世界各地で団扇太鼓をたたいて積極的な平和運動を展開している。成田空港(1978年開港)の建設反対運動にも関わり、4000メートル滑走路予定地に平和塔を建設した。この平和塔の移転に際しては、日本山妙法寺と運輸大臣等の間に「空港の軍事利用を行わない」という取極書がかわされた。

Kyuheiwatou

 日蓮宗系の別の団体が「ガンジー、キング、イケダ」などととなえているが、あれは冗談である。本気にしてはいけません。
 ガンジーと関わりがあったのは藤井日達師である。日達師は1933年にインドでガンジーに会っている。当時63歳のガンジーと48歳の藤井日達師は意気投合したらしく、日達師はガンジーのアーシュラム(修業所)に滞在した。日達師はガンジーたちに「南無妙法蓮華経」を教えた。
 ガンジーとその晩年をともにした弟子によると、1930年代半ばから40年代半ばまで、アーシュラムでは毎朝4時20分に祈りの集会が始まった。まず、ひとりが小さな(団扇)太鼓をたたいて、日本語で「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」ととなえるのだった。その後で2分間瞑想してから、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教、ゾロアスター教などの祈りをとなえ聖歌をうたった。
「南無妙法蓮華経」がお題目であることはインド人には分からなかったと見えて、この弟子は「日本の僧侶が教えてくれた仏教のお経」と書いている。(続く)

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