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2008年7月 3日 (木)

コナン・ドイル卿? (1)

 1902年、アーサー・コナン・ドイルはナイトの位(knighthood)を授けられ、Sir Arthur (Conan Doyle)と呼ばれるようになった。
 シャーロック・ホームズ譚を書いて大衆を楽しませた功績によるのではない。ポール・マッカートニーは1998年に、ショーン・コネリーは1999年にナイトの位をもらっているが、芸能活動のおかげでナイトに叙せられる人が出てきたのはごく最近である。

「ショーン・コネリーはナイトに叙せられた」
Sean Connery was created a knight.

Knight02

 100年前には文学もナイトの位には何の役にも立たなかった。ドイルより偉い文学者でもナイトにはなっていない。
 ドイルがナイトになったのは、第二次ボーア戦争(1899年10月-1902年5月)と関係がある。1899年10月ボーア戦争が勃発すると、40歳のドイルはミドルセックスの連隊に一兵卒として志願したが、この志願は却下された。そこでドイルは民間の医師で編成した野戦病院の監督として南アフリカに渡り、1900年4月から7月まで傷病兵を看護した。
 1901年終わりから1902年はじめにかけて、ドイルは南アフリカでイギリス軍が残虐行為を働いているという悪評がヨーロッパに広まっていることに気づいた。イギリス兵は
・ダムダム弾を使用し
・銃剣で赤ん坊を突き刺したりし
・ボーア人の女性を強姦し
・ボーア人の子供を飢え死にさせている
などという報道が外国の新聞で盛んに行われた。もちろん、すべてウソであった。 
  たとえばダムダム弾は南アフリカでは使われなかった。普通の軍用銃の弾丸はフルメタルジャケット(full metal jacket)弾で、鉛の弾芯を真鍮で完全に覆ったものである。この弾丸は標的、すなわち人間に当たった場合、貫通する可能性が高く無用の苦痛を与えない。ところが弾頭に十字の切れ込みを入れておくと、命中後四つに分裂して人体に食い込み大きなダメージを与える。しかし、これは1899年のダムダム弾禁止宣言、1907年のハーグ陸戦条約で禁止されている。英国が白人同士の戦いにダムダム弾を用いるはずがない。この弾丸はカルカッタの近くのダムダムという町にある兵器廠で作ったのでダムダム弾というのである。インドの土人に対して使ったものに決まっているではないか。
 ドイルはイギリスを弁護するためにパンフレットを書いた。

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コメント

映画『The Power Of One』の中にボーア戦争に関する台詞があり興味を持ちました。

>ドイルはイギリスを弁護するためにパンフレットを書いた。

ドイルとボーア戦争との関係が分かり興味深いです。

投稿: ETCマンツーマン英会話 | 2014年8月 5日 (火) 18時16分

Thank you for your comment. 平凡社『コナン・ドイル』(拙訳)をお読みください。

投稿: 三十郎 | 2014年8月 6日 (水) 16時16分

三十郎さん、お返事ありがとうございました。

『コナン・ドイル シャーロック・ホームズの代理人』でしょうか?
ぜひ読んでみたいとおもいます。ご紹介に感謝です。

投稿: ETCマンツーマン英会話 | 2014年8月28日 (木) 20時27分

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