トスカ枢機卿補遺(3)
しかし、Popeをどう訳するかよりも、はるかに重大な問題がある。
Godをどう訳するかだ。
神に決まっているだろうが? そうかな?
「神の国は汝等のうちにあり」は
The Kingdom of God is within you.
でしょう。
むかし森首相が「日本は神の国である」という発言をしたが、あれは
Japan is the Empire of God.
ではない。どう訳せばいいか、そんなこと分からんけれど、ともかく森さんはそういうつもりではなかった。
日本にキリスト教が伝来したのは1549年であった。以後よく広まるキリスト教ですね。
フランシスコ・ザビエルは1549年鹿児島に上陸し、10ヶ月間日本語を勉強してから九州と中国地方で布教した。1551年11月支那に向かうまでの2年3ヶ月で約千人の信者を獲得したという。
Godに当たる言葉をザビエルたちはどう訳したか? はじめは「大日」と訳したらしい。大日如来はありがたい仏様だけれど、やはりお宗旨が違うのは困ります。
結局、ラテン語をそのまま使ってデウスということにしたらしい。
「神」と訳することは考えても見なかったようだ。
明治になって「神」になったのは、中国で布教していたプロテスタントが聖書の翻訳に神を使っていたからだという。中国語訳ではGodの訳語として「上帝」「神」のどちらを使うか論争があり、結局「神」になったけれど、Godと神の間には微妙なズレがあるのだという。
日本語の「かみ」は神という字を宛てるけれども中国語の神とはまた違う別の言葉である。
なぜ神をかみと言うかというと、自分より上(かみ)のものという意味である。使用人から見れば一家の主婦は自分より目上だから「おかみさん」という。神も基本的にはこれと同じだから八百万いても不思議ではないのだ。
しかし、この説は間違いだと言われていますね。たとえば平凡社世界百科事典では
神は上=カミにあるからカミだとする考えは,江戸時代からあったが,国語学的には否定されている。すなわち神と上は同音語であるから同じ語源だとする考え方は,上代特殊かなづかいの面からいえば,神のミは乙類となり,上のミは,甲類に属して,互いに混同しないとされている。
ところが実はそうではない。甲類と乙類は互いに混同する場合があるので、それくらいは言語学の常識なのだそうです。この問題は大野晋氏と渡部昇一氏の間で論争になって、渡部氏の公開討論の呼びかけに大野氏が応じなかった。渡部氏の判定勝ちになった。「おかみさん」の話も渡部昇一氏の本に書いてあったことです。
よく似た音は混同するもので、英語のRとLを混同するのは日本人だけではない、ネイティブでも混同することがある。スティーブン・キングの『子取り鬼』という短編
「シャールは子取り鬼だといって泣いていた。"鉤爪(claws)"と聞こえるような言葉をいっていた。"餌袋(craws)"といっていたのかもしれない……」
自分より上にあるのが神だとすれば、800万どころではない。遍在しても不思議はない。私の先祖はだいたいホトケになっているのだが、母方の親戚に神道の家があって、その家では死者は何々の命になる。大国主命や天のうずめの命などと同じで神である。
キリスト教のGodは唯一の存在なのだから、「神」と訳してはおかしいはずだ。
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