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2008年7月 8日 (火)

コナン・ドイル卿? (4)

「ずっとのちに彼は『三人のガリデブ氏』を書いて、この物語のなかで上記の日にシャーロック・ホームズにナイトの爵位を辞退させているのであるが…」(『コナン・ドイル』大久保康雄訳 p.304)

 そうでした。シャーロック・ホームズはコナン・ドイルと同じ日にナイトの位をもらうはずだった。しかし、ホームズは意固地だから辞退し、ドイルも辞退したかったけれど、母親に説得されて受けたのだ。
 大久保康雄氏は「ナイトの爵位」と書いていますね。これはよろしくない。間違い。
 爵位というのは、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵のいずれかの位のことだ。

公爵 duke (prince)
侯爵 marquess (marquis)
伯爵 earl (count)
子爵 viscount
男爵 baron

  括弧の中は英国から見て外国の爵位。たとえばバートランド・ラッセルは兄の死後に伯爵の位を継いでEarl Russellになった。フランスのモンテ・クリスト伯爵はThe Count of Monte Cristo。

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 日本では1869年に華族制度を設け、1884年の華族令で、公、侯、伯、子、男の5段階の爵位を定めた。これが1947年まで続いた。鹿鳴館と違って、この華族は西洋の貴族の猿真似ではない。
 華族になったのは、公家、大名家、維新の功臣の家であった。公家と功臣はともかく、大名家は西洋の封建諸侯(feudal lords)にほぼ対応するものだった。
 旧将軍家、島津家、毛利家が公爵、大大名(加賀前田家など)が侯爵、中規模の大名が伯爵、5万石未満の小大名が子爵、1万石以上だが分家で大名の格がない家が男爵になった。
 私の小学校の同級生のT君は旧伯爵家の御曹司だった。ドジな子だったので先生によく怒られていた。先生は「こりゃ、T、立っておれ」などと叱りつけておいて「昔だったらお手討ちになるところだな、ハハハ」と笑うのだった。学校から道路一本隔てたところにお城があって、お城の中のものすごく広い家に一度遊びに行ったことがある。昔は三十二万石の城主だったのだ。
 こういう日本の「殿様」を英語に訳するとlordでしょう。日本と西洋の封建制はよく似ていた。封建制があったのは日本と西洋だけだ。マルクスは資本論(第1巻は1867年刊行)で「封建制が現在も残存しているのは日本だけであるから、封建制の研究には日本を研究すればよろしい」という意味のことを書いている。
 lordを辞書で引いてみると、「卿」という訳語が出る。「殿様」を訳語にしてもよいと思うけれど。

 ジーニアス大英和辞典 lord
3. a…卿(きよう)《◆(1)侯[伯, 子]爵の略式の称号;呼びかけも可. (2)男爵の普通の称号;洗礼名を付けない. (3)公[侯]爵の(長子を除く)子息の儀礼的称号;姓を省いてよい》(【略】L., Ld.)∥L~ Cardigan カーディガン卿(=the Earl of Cardigan)/L~ Morrison モリソン卿(=Baron Morrison of Lambeth).

つまり、卿はLordの訳語として使われているのだから、Sirも卿と訳しては困るだろう、と言いたいのです。
 正典では、たとえばLord St. Simonセント・サイモン卿という『独身貴族』の結婚問題に絡んだ騒ぎがありましたね。
 このセント・サイモン卿という人は
「ロバート・ウォルシンガム・ドゥ・ヴィア・セント・サイモン。バルモラル公爵家次男。ふむ。紋章は、地は紺、黒い中帯の上方に三個の鉄菱をあしらう。生年は1846年。四十六歳。結婚に若すぎるとは言えないな。前内閣の植民省次官。父公爵は元外務大臣。プランタジネット王家の直系で、母方はチューダー王家の血を引く。……」

Nobl03

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