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2008年7月15日 (火)

コナン・ドイル卿? (8)

 The Honourable Ronald Adairの殺人事件が大いに波紋を呼んだという話から始まるのは『空き家の冒険』でした。
 
 ロナルド・アデヤ卿が不可解きわまる状況のもとに殺害されて、ロンドン中の興味をわきたたせ、上流社会を震えあがらせたのは、1894年の春のことだった。
(延原謙訳)

 貴族の子息であるロナルド・アデア卿が異常かつ不可解きわまりない殺され方をして、ロンドンじゅうの興味をかきたて社交界を震撼させたのは、1894年の春のことだった。
(日暮雅通訳)

 Honourableを両氏とも「卿」と訳している。これでよろしいか?
 HonourableはLordとどう違うか?
 ジーニアス大英和辞典
3[限定][H~;通例 the ~] 閣下《◆((英))では伯爵の次男以下の男子, 子爵・男爵のすべての子, ((米))では議員などに対する敬称;【略】 Hon, Hon.》∥the H~ Mr. Justice Smith スミス判事閣下《◆通例姓名を伴うが, 姓だけの時は Mr., Dr. をつける》

 とりあえず米国のことは除外して考える。
 Lordは侯爵から男爵までの爵位を有する人と公爵・侯爵の息子に対する敬称である。Honourableは爵位を有する人には使わない。伯爵の次男以下の男子と子爵・男爵のすべての子に対する敬称である。
 正典にはthe Honourable Miss Milesという名前が出てきた。子爵か男爵の娘もHonourableをつけて呼ぶのですね。
 この女性はどこに出たのでしょうか? 
 チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンが
「……the Honourable Miss Milesとドーキング大佐の婚約が突然破談になったのは覚えておられるでしょうな。式の二日前になって、モーニングポスト紙に取り止めという記事が出ましたな。なぜか? 実に信じられんことですが、わずか1200ポンドというアホみたいな金があれば、万事解決していたはずなんですよ。……」
 と言って、ホームズとワトソンを憤激させたのだった。

Chas02

 いずれにせよ、LordとHonourableではかなり差がある。前者の方がずっと偉いのだ。それにHonourableは女性にも使うのだから「卿」という訳語はやはり不適当でしょう。
 どう訳するか? カタカナのまま「オナラブル」としても読者には分からない。LordやSirほど頻出はしないのだから、ケースバイケースで処理するのがよいと思う。ミルヴァートンの台詞を、日暮雅通氏は
「ミス・マイルズとドーキング大佐のご婚約が……」と訳している。Honourableは無視してしまったのだ。賛成ですね。
 ジョン・ル・カレにThe Honourable Schoolboyという小説がある。訳題は『スクールボーイ閣下』である。こういう綽名で呼ばれる人物がいて云々という話で、それが題名になっているのだから無視するわけには行かない。閣下と訳するのがベストでしょう。

『空き家の冒険』にかえって、日暮氏が「貴族の子息であるロナルド・アデア卿が…」と原文にない語句を補ったのは、何とか元の英語の意味を伝えたかったのでしょう。しかし「卿」はよろしくない。
 私ならば、「伯爵令息ロナルド・アデア氏」とする。ロナルド・アデアがメイヌース伯爵の次男であることが少し先に出てくる。これを一部先取りするのですね。

 何でもかでも「卿」で済ませてしまうのはいけません。
 グーグルに「チャーチル卿」と入力してみると3万1900件もある。英語では
 Sir Winston Churchillか、単にSir Winstonかである。
 Lord Churchillではないし、Sir Churchillとは言わない。
 歴史上の人物なのだから、日本語では呼び捨てでチャーチルと言えばよいのだ。
  ドイル卿、コナン・ドイル卿、アーサー・コナン・ドイル卿もやめましょう。翻訳では「サー・アーサー・コナン・ドイル」か「サー・アーサー」とする。はじめから日本語ならば単にコナン・ドイルなどとして敬称は省くのがよろしい。

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コメント

いつも楽しく拝読しています。勉強になります。唐突で
恐縮ですが、貴族の呼称で思ったことを書かせて下さい。

幻のホームズ愛好団体バリツ支部初会合では牧野伸顕論文を
孫の吉田健一が代読したと言われています。このときの牧野
を伯爵と呼ぶ日本語研究書が多い。

英語圏の資料を鵜呑みにするからでしょうが、日本の華族
制度は1947年5月3日、日本国憲法施行と同時に廃止され
ました。

バリツ支部初会合が開かれたのは1948年10月11日。従って
このとき牧野伸顕はただの牧野さん。もう少し自国の現代史
を勉強して欲しいと思う今日この頃です。

ホームズ関連エッセー期待しております。

投稿: 熊谷 彰 | 2008年7月15日 (火) 12時19分

ほんとですね。占領軍の外人が礼儀として「牧野伯爵」と言うのは分かるのですが、日本人が言ってはおかしいですね。

投稿: 三十郎 | 2008年7月15日 (火) 15時02分

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