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2008年7月 1日 (火)

非暴力直接行動(8)

 第二次大戦後の植民地の独立はどのようにもたらされたか?
 ベトナム。フランスとしては、戦後にベトナムを独立させるつもりは毛頭なかった。1945年9月、ホー・チ・ミンたちはハノイでベトナム民主共和国の成立を宣言したが、フランスは軍隊を送った。1954年ディエンビエンフーの戦いでフランス軍がベトミン軍に降伏しジュネーブ協定によって撤退するまで第一次インドシナ戦争が続いた。
 インドネシア。日本の敗戦後、オランダは独立を認めず軍隊を送った。1949年まで続いた独立戦争には、残留日本兵2000名も参加した。
 マレーシアとシンガポール。マレー半島は戦略的に重要な領土なので英国は簡単に手放そうとはしなかった。マレー系と中国系の対立もあり、マラヤ連邦として完全に独立したのは1957年である。(シンガポールは1965年に分離独立)
 ビルマ。1942年、アウンサン(アウンサンスーチー女史の父親)らが日本軍の後押しで英軍を駆逐、翌年ビルマ国建国。1945年3月、アウンサンは英国側に寝返ったが、戦後英国は独立を許さず、再び英領となった。1948年、ビルマ連邦として独立。
 住民が非暴力の抵抗運動を行い、支配者が植民地主義の悪を反省して立ち去る――というシナリオが実現していたらどんなに素晴らしいことか。しかし…

 アジア諸国の独立については
・インドとパキスタンを除き、日本軍が支配者を駆逐した。
・日本の敗戦後、現地人が独立戦争を戦った。
・フランスやオランダは負けて追い出された。イギリスは必ずしもそうではない。植民地保有のコストが割に合わなくなってきたのだろう。「インドはもう十分元を取ったし、ビルマのようなつまらない所を持ち続けても。しかし、マレー半島はまだ手放せないぞ」
・インドでガンジーの非暴力主義が独立を「四半世紀以上遅らせた」かどうか。しかし仮にガンジーの指導が貫徹していたらどうか。スバス・チャンドラ・ボース(1897-1945)の路線がなかったとしたらどうか?

Greater_east_asia_conference
 1943年11月の大東亜会議出席者。左からバー・モウ(ビルマ)、張景恵(満州国)、王兆銘(中国)、東條英機(日本)、ワンワイタヤーコーン(タイ)、ホセ・ラウレル(フィリピン)、スバス・チャンドラ・ボース(インド)。

Daitouakyoueiken

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