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2008年7月16日 (水)

コナン・ドイル卿?(9)

「今年はシャーロック・ホームズの生誕百周年」どんよりしたある秋の朝、ミセス・ブラッドリーが言った。「この記念すべき年にふさわしいお祝いをうっかりしそびれてしまったとしても、心配はご無用。ブーン・チャントリー卿からわたしたちに、シャーロック・ホームズの夕食会への招待状が届いたわ。夕食会は十一月二十五日、彼のお屋敷で開催される予定よ」
(『ワトスンの選択』p.1の書き出し)

「ブーン・チャントリー卿」が怪しい。2頁を見ると今度は「ブーン卿」と書いてある。Sir Boone Chantreyでしょうね。
 今年の5月に出た本だけれど、延原氏や大久保氏の時代から進歩していないのは困る。こういう翻訳はまだ多い。

 柳広司氏の『吾輩はシャーロック・ホームズである』は大傑作です。表紙はホームズみたいだけれど、背が低いのが変だ。六フィートには見えない。実は……
 この作品の唯一の瑕瑾は「コナン・ドイル卿」と書いてあることです。そのほかは脱帽するほかないできばえだ。

 ホームズなら延原謙訳という定評があったのだけれど、さすがに耐用期限が来たのか。
『フランシス・カーファックス姫の失踪』も何とかならんかね。
 Lady Frances Carfaxは伯爵令嬢である。偉いのだけれど「姫」は困る。
 日暮雅通氏の訳

「レディ・フランシスは、亡くなったラフトン伯爵の直系の一族のなかでまだ生きているただひとりの子孫だ。きみも覚えているかもしれないが、一族の財産を継いだのは男のほうの家系だった。彼女に残されたのは限られた財産しかなかったが、そのなかに銀と珍しいカットのダイヤモンドを施した古いスペインの装身具があった。レディ・フランシスはそれがたいそうお気に入りなんだ――気に入りすぎて、銀行に預けておこうともせず、肌身離さず持ち歩いている。……」

 しかし、このあとの一文がデタラメです。

「レディ・フランシスというのははかなげな風情の美しい人で、まだ中年というには若いくらいの年齢だというのに、不思議なめぐりあわせというのか、つい二十年前にはたいそうな取り巻きだった人たちからすっかり見捨てられてしまった」

A rather pathetic figure, the Lady Frances, a beautiful woman, still in fresh middle age, and yet, by a strange chance, the last derelict of what only twenty years ago was a goodly fleet.

  ちくま文庫の高山宏訳

「本当にかわいそうな人でね、このレディ・フランセスは。美人で、まだ中年の入口という年なのに、奇怪な運命にもてあそばれて、つい二十年前の溌剌たる姿の残骸という有様なのだ」

 正解です。「超人高山宏」なのだそうで、こんなところを間違えるはずがない。
 
 
  日暮訳にかえると――いやあ、翻訳って本当に怖ろしいですね。
 原文は動詞がない破格の形です。
 しかしthe Lady Francesが主語です。be動詞の省略と考えればよい。isをどこに補うのかと問われると困るけれど。ほかの要素はすべてこの主語に対する補語なのだ。
 the Lady Frances=the last derelict of what only twenty years ago was a goodly fleet
  が読めないで勝手訳をこしらえてはイケナイ。fleetが集合名詞だからといって「取り巻きだった人たちがどうこう」などは駄目。「現在のレディ・フランシスは20年前に立派な艦隊であったものの残骸である」という比喩です。

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