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2008年8月19日 (火)

男のスカート(4)

 古代ギリシャやローマではまだあぶみがなかったから、本格的な乗馬はできなかったのだ。フン族がヨーロッパに攻め込んで、ヨーロッパ人ははじめて騎兵というものを知った。フン族は馬にあぶみをつけたから、馬上で刀や槍を使い弓を射ることができた。Huns2
 このフン族と匈奴が同じものかどうか? どちらもモンゴル系で、朝青龍や白鳳の先祖だという説がありますね。
 古代支那では匈奴に手こずって、ついには万里の長城を築くまでになった。紀元前の戦国時代には、やはり馬はもっぱら戦車を引かせるのに使っていた。匈奴はあぶみをつけた馬にまたがった騎兵である。これではどうも分が悪いというので、こちらも野蛮人のやり方を取り入れて、馬にまたがって弓を射る戦いをしよう、そのためには奴等のようにズボンをはかなくては――ということを言いだした(紀元前307年)のが趙の君主、武霊王である。いわゆる胡服騎射である。

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 それまでは、支那人もスカートだった。ローマのような短いのではなくて、裾を引きずるくらいの長いスカートだったようだ。その下にパンツはたぶん履かなかった。それでも歩兵の戦闘や戦車上の戦いには差し支えなかった。しかし馬にまたがるには、下半身がすっぽんぽんでは困る。ズボンを履かなくちゃ。中華の民ともあろうものが蛮夷の真似をしたくない。優雅なスカートを捨ててみっともないズボンなんか履きたくない。しかし背に腹は代えられない。
 しかしズボンはあくまで戦闘用の服装で、中華の正装はずっとスカートだった。

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 ギリシャ・ローマでも支那でも古代都市文明では、馬は戦車を引かせるのに用いられた。
 インドでもそうだ。2500年前に書かれたバガヴァッド・ギーター(叙事詩マハーバーラタの一部)の一場面。ただし、この絵自体はそんなに古くない。

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 バガヴァッド・ギーターは、バンドゥー族の戦士アルジュナと彼の戦車の御者を務める英雄神クリシュナとの長い哲学的対話編である。対話は、パンジャーブのクルクシェートラの平原で、クル族とバンドゥー族の軍勢が王国の支配を求めて戦うべく対峙している場面から始まる。
 アルジュナもクリシュナもズボンではない。
 乗馬とズボン着用はどうやら中央アジアの野蛮な騎馬民族から始まったらしい。ヨーロッパにズボンが普及したのはいつごろだろう? アジアの騎馬民族がヨーロッパに侵入して乗馬とズボンを教えたのは確からしい。ズボンは便利だから馬に乗らなくても履くようになり、どんどん広まった。そのズボン化に取り残された地域がスコットランドのハイランド(高地)なのだろう。
 
 キルトの下はやはり「履かない」のですね。
 高地人 朕の隣でチンを出し

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