« 喫煙の害について | トップページ | ヴィクトリア皇帝(2) »

2008年10月15日 (水)

ヴィクトリア皇帝(1)

 明治7年(1874年)7月25日公布の太政官達に
「締盟各国君主ノ称号、原語各種有之候処、和公文ニハ原語ニ拘ハラズ総テ皇帝ト可称定式ニ候条、此旨可相心得事。但シ共和政治、即チ米利堅、仏蘭西、西班牙、瑞西、秘露等ノ如キハ大統領ト称スベキ事」
 というのがある。
「外交関係のある各国の君主の称号は原語では各種であるが、和公文では原語に拘わらず皇帝とすることに決めるから心得るように。ただし、アメリカ、フランス、スペイン、スイス、ペルー等の共和制の国の場合は大統領とする」
 という意味である。

 イギリスは当時ヴィクトリア女王(在位1837-1901)の治世だったから、以後は和公文では「ヴィクトリア皇帝」となったはずである。
 どうしてこんなことになったのか?

355pxhsparkes

 これには当時のイギリス公使ハリー・パークス(1828-1885)が関係する。パークスはたまたま横浜駐在イギリス領事に宛てた日本側の書簡の和文を見てヴィクトリア女王と書いてあるのに目をとめた。パークスは支那駐在が長く漢文の知識には自信があったので、さっそく外務卿寺島宗則にねじ込んだ。曰く

 女王とは怪しからん、イギリスは帝国(エンパイヤ)である。攘夷論以来の外人蔑視で、とかく日本人は日本こそ帝国、イギリスなどは王国(キングダム)と見下したがる。だからこそ、こんな誤りもやるのだ。ミカドを男王とでもしたら、黙っているか。かりにも一国元首の呼称、問題は重大である云々。

 外務卿もこれには困り、当時横浜税関長であった星亨(1850-1901)を交渉に当たらせた。
 星はパークスを相手に英語の講釈をはじめた。
 現にイギリスは王国(キングダム)と称しているではないか。女王で何が悪い。
 パークスも妥協に出て、原語のカナ書クイーンではどうだと提案した。ところが星の答が一言多かった。クイーンの日本音は食い犬に聞こえるが、それでもよいか?
 パークスはかっとなり、拳骨でテーブルをガンとやった。卓上の紅茶カップがミジンに砕けた。だが、話はまとまらず、結局困った日本政府が冒頭のような太政官達を出したということらしい。
(淮陰生『完本 一月一話』より)

 淮陰生のテキスト(上掲書p.12 Queenの訳語が「皇帝」であった話)を少し改変した。
 淮陰生(中野好夫らしい)は
 但し、この太政官達、いつまで有効だったかは詳らかにしない。ヴィクトリア女王は明治34年1月に没しているから、問題そのものが自然消滅になったのかもしれぬ。
 と書いている。
 明治34年は1901年である。同年にヴィクトリア女王が没するまで和公文では「皇帝」と書くことになっていたかどうか?
 ハリー・パークスが1883年(明治16年)に清国公使となって離日するとこの問題はうやむやになってしまい、いつの間にか「女王」に戻ったのではないだろうか?
 ヴィクトリア皇帝でなければならないとすれば、次のエドワード王も「エドワード皇帝」のはずだ。現在の英国君主も「エリザベス皇帝」になる。
 明治時代の外交文書は公開されているはずだ。調べてみればいつまで「皇帝」と書いていたかが分かる。(続く)

|

« 喫煙の害について | トップページ | ヴィクトリア皇帝(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/24521038

この記事へのトラックバック一覧です: ヴィクトリア皇帝(1):

« 喫煙の害について | トップページ | ヴィクトリア皇帝(2) »