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2008年10月16日 (木)

ヴィクトリア皇帝(2)

 そもそもなぜヴィクトリア女王を女王と呼ぶのがが怪しからんのか?
 日本語の女王は、天皇=皇帝よりもずっと格下だからだ。
 明治時代の日本にも現代の日本にも「女王」は複数いるけれども、そんなに偉くはない。皇族の一員の女子のことである。
 天皇の嫡出の皇女および天皇の嫡男系の嫡出の女子の皇孫を内親王という。現在は皇太子家の愛子さまと秋篠宮家の女の子お二人が内親王である。

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 紀宮さまは内親王であったが、結婚して黒田清子となり皇籍を離脱した。
 高円宮家に三人姉妹がいて、この人たちは内親王の要件を満たさないから「女王」である。三笠宮家にも女王が二人いる。明治時代には女王はもっとたくさんいた。
 パークスはそういうことをよく知っていたから、難癖をつけてみたのだろう。しかし、これは無理筋だ。英語と日本語が一対一に対応するはずはない。女王で構わんということになったはずだ。いつまで「皇帝」と書いていたかは、どなたか調べて下さい。

 しかし、漱石などはヴィクトリア女王ではなく女皇と書いていますね。1901年(明治34年)1月23日、ロンドン留学中の夏目漱石は日記に(→ヴィクトリア女王の葬儀

 昨夜六時半女皇死去すat Osborne. Flags are hoisted at half-mast. All the town is in mourning.……

 と日本語英語混じりで書いている。女皇は「じょおう」と読ませるのだと思う。漱石がまだ子供の時分に、Queenが女王であるか皇帝であるかという議論があった名残ではなかろうか。
 長谷川如是閑は1910年(明治43年)に渡英してエドワード王の葬儀を見ているが、この人も「ヴィクトリア女皇」と書いている。

……ヴィクトリア女皇ほど、帝王としても、婦人としても、細君としても、寡婦としても、理想的、標本的な女はないというのは、英人の我が仏尊しかも知れないが、とかく人望のないのは女天下で、エリザベス女皇のような女傑でも、下々は勿論御附の女官などにも蔭口を利かれ、余りおしゃれをするとて女官が冗談に紅を鼻の頭に塗ったりしたという話があるが、ヴィクトリア女皇に至っては、上下の評判頗る芳しく、時にはパーマーストーンやグラッドストンなどが、女皇(クヰン)はやはり女(ウーマン)だと嘆息した位の事はあったかも知れないが、女だったお蔭で英国憲法が最も完全に行われたという利益もあり、かたがたまず標本的の英国貴女(イングリッシュレディー)であったというので、その輿望からでも誕生地たるケンシントンが自から女の集まる所になるべきはずである。
(続く)

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