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2008年10月23日 (木)

ヴィクトリア皇帝(5)

 1858年、インド大反乱を鎮圧したイギリスは、ムガール皇帝を退位させ、東インド会社を解散してインドの直接統治をはじめた。
 以後、インドの総督Governor Generalは副王Viceroyとも呼ばれた。viceが「副」でroyはフランス語のroiと同じ、「王」の意味である。
 王様の「副」がいたのだ。「正」の方は? もちろんイギリス本国の王(女王)である。インド皇帝はいても「インド王」はあり得ない。
 これは王=kingという単語の語源を考えてみると分かる。

 kingを大きな辞書で引くと、オールドイングリッシュではcyningという形であり、これはcynnの派生形で、cynnは現代英語ならばkinである――と書いてある。
 kinの意味は「親族、一族、血縁」であるが、口語の英語でふつうに使う言葉ではない。辞書の例文
I am no kin to him. 私は彼の親戚ではない。

 kinにaを付け足して形容詞にしたakinならばなじみがあるかも知れない。漱石の三四郎で広田先生が

「その脚本のなかに有名な句がある。Pity's akin to love.という句だが……」それだけでまた哲学の煙をさかんに吹き出した。
「日本にもありそうな句ですな」と今度は三四郎が言った。ほかの者も、みんなありそうだと言いだした。けれどもだれにも思い出せない。ではひとつ訳してみたらよかろうということになって、四人がいろいろに試みたがいっこうにまとまらない。しまいに与次郎が、
「これは、どうしても俗謡でいかなくっちゃだめですよ。句の趣が俗謡だもの」と与次郎らしい意見を提出した。
 そこで三人がぜんぜん翻訳権を与次郎に委任することにした。与次郎はしばらく考えていたが、
「少しむりですがね、こういうなどうでしょう。可哀想だた惚れたってことよ
「いかん、いかん、下劣の極だ」と先生がたちまち苦い顔をした。その言い方がいかにも下劣らしいので、三四郎と美禰子は一度に笑い出した。

akinという単語は「血族の、似通って、類似して」という意味の形容詞である。憐れみは愛の親戚である、愛に似ている――を与次郎が意訳して広田先生に叱られたのだった。

 kingというのは、kin(同族、一族、一門)の長者ということである。
 現在のイギリス王室は元々ドイツ人の家系である。1714年アン女王が亡くなってスチュアート王家が絶えると、ハノーヴァー選帝侯だったジョージ1世が即位した。この人は純然たるドイツ人で英語は話せなかったが、現在のエリザベス女王の祖先である。ジョージ1世に始まったハノーヴァー王朝が、第一次大戦中に敵国の名前では拙いのでウィンザー家と改称しただけである。
 しかしアングロサクソン族自体が元々ドイツからブリテン島に移住してきたゲルマン民族であるから、ドイツ人を王様にいただいても差し支えがない。自分たちの一族の一番偉い人が王である――と国民が感じることができるのだ。
 インドではそうは行かない。誰が統治者になっても異民族なのだ。(続く)

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コメント

はじめまして。私はカトリックの信徒です。
カトリック教会の左傾化を憂うものです。
ガンジーが無抵抗ではない、卑怯よりも暴力を、憲法9条とガンジーについて
非常に面白くて、目から鱗です。
できれば、私のブログに転載及び 一部引用させていただきたいのです。
よろしくお願いいたします。
転載元は きちんと明記いたします。 

イエスの惑星BBS http://6019.teacup.com/sdyosefu/bbs?BD=7&CH=5
こつらのほうには、あなた様のブログの言葉を一部 すでに使わせていただきました。

投稿: おつる | 2008年10月24日 (金) 12時51分

どうぞご自由に転載して下さい。ブログ興味深く拝見しています。

投稿: 三十郎 | 2008年10月25日 (土) 17時50分

ありがとうございます♪
うれしいです!!

少しまとめるのに時間がかかるかもですが
がんばります。

投稿: おつる | 2008年10月25日 (土) 21時19分

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