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2008年11月28日 (金)

柔道か柔術か(24)

Gotchcrankwlegs

「柔道か柔術か」の記事、特にキャッチ・アズ・キャッチ・キャンに触れた「柔道か柔術か(23)」あたりは、見えない道場本舗に取り上げてもらったおかげで、かなり注目を呼んだようだ。アクセスが急増しています。
 私は(23)まで書いて、そのあとは軍神広瀬武夫中佐とロシアのサンボの関係にでも行こうかな、と思っていた。しかし、ロシア語は読めないし、材料が足りないなあ、と悩んでいたところです。

 しかし、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンについて、少々補足しておくことはできる。(23)では、

 レスリングには、ボクシングと違って、アーサー・コナン・ドイルやクィンズベリー侯爵のような社会的地位の高い支持者がいなかったことが大きい。

 と書いた。社会的地位の高い支持者がいなかったので、「レスリング文献」がほとんど残っていない。だから、百年余り前の英国レスリングの実態はどうだったのかを知る手掛かりが少ない、というのです。
 サブミッションは元々英国のレスリングにあったものか、それとも柔術から取り入れたのか?
 文献があれば、こういうことはすぐに分かるのだ。
 ボクシングの場合と比べてみればよろしい。
 ボクシングもはじめは野蛮な殴り合いとして白眼視されていた。
 1891年、ストランド・マガジンにシャーロック・ホームズの短編の最初の6編を発表して大人気を呼んだコナン・ドイルが大のボクシング・ファンだったことは、このスポーツの地位向上に大いに役立った。
 コナン・ドイルとボクシングについては、このブログにも少し書いた。「シャーロック・ホームズとボクシング」については、材料がたくさんあるので、これから書くつもり。

Soli03

 ドイルのおかげで、ボクシングは立派なスポーツであるということになった。
 もう一人のクィンズベリー侯爵(1844-1900)は、ボクシングの歴史にとってドイル以上に大切な人だ。
 現在のボクシングの基本的なルール
・グローブを付ける
・ローブローは駄目
・テンカウントでノックアウト、等々
 を決めたのが、この人が1867年に提案したクィンズベリー・ルールである。

 このクィンズベリー侯爵という人は、オスカー・ワイルドの「愛人」の父親ですね。息子のアーサー・ダグラス卿がワイルドと仲良くなってしまった。許せん、というので、1895年、侯爵はワイルドを公然と侮辱した。ワイルドが侯爵を刑事告訴したが、逆にワイルドが同性愛罪で懲役2年の判決を受けることになった。

1893

 Oscar Wilde--最初の現代人-- を是非ご覧下さい。写真はこのサイトから
http://www.geocities.jp/oscar_wilde_fansite/

 サーの称号を受けたコナン・ドイルと、もっと偉いクィンズベリー侯爵というパトロンがいたおかげで、ボクシングがどのように発展して現在我々が知っているようなボクシングになったかについては、いくらでも文献がある。
 それに比べてレスリングはどうか? (続く) 

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