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2008年11月29日 (土)

柔道か柔術か(25)

 運動競技は色々だけれども、格が高いものと低いものがあった。本場イギリスの昔の話です。
 大学やパブリックスクールでやる競技が中流以上の階級の競技である。

The lower of the three is Gilchrist, a fine scholar and athletic, plays in the Rugby team and the cricket team for the college, and got his Blue for the hurdles and the long jump.

三人のうちで一番下の部屋にいるのがギルクリストです。よくできる学生で運動家です。カレッジのラグビーとクリケットの選手で、ハードルと幅跳びではブルーを持って(大学対抗戦代表に選ばれて)います。

 もちろん『三人の学生』ですね。ヒルトン・ソームズ先生がシャーロック・ホームズに説明しているところ。カレッジというのは「聖路加カレッジ」であった。陸上競技ではカレッジどころか大学全体の代表にも選ばれている。でも、どちらの大学なんだろう。オックスフォードかケンブリッジか、それが問題だ。
 ギルクリスト君はラグビーとクリケットと陸上競技の選手だった。これにボートを加えると、大学やパブリックスクールでやる主要な競技になる。運動競技は勉強よりも大切なくらいだった。

Cricket_3

 1901年渡英した夏目漱石は、留学先を決めるためにケンブリッジを視察した。

 ケンブリッジへつくと驚いたのは書生が運動シャツと運動靴で町の内をゾロゾロ歩いている。これは船を漕いだり丸を抛げたりまたは自転車へ乗る先生方であって、そして大学生の大部分はこの先生方である。(1902年2月9日 狩野・大塚・管・山川宛書簡)

 夏目金之助は結局ケンブリッジなどには行かず、ロンドンの場末の下宿に籠城して必死に研究に没頭した。気が狂いそうになったくらいだ。あなたの見たケンブリッジの書生の生活が「文武両道」なんですよ――などと言えば怒り出しただろう。
 7年後の1908年(明治41年)、漱石は小川三四郎に運動会を見物させている。

 たちまち五、六人の男が目の前に飛んで出た。二百メートルの競走が済んだのである。決勝点は美禰子とよし子がすわっている真正面で、しかも鼻の先だから、二人を見つめていた三四郎の視線のうちにはぜひともこれらの壮漢がはいってくる。五、六人はやがて一二、三人にふえた。みんな呼吸をはずませているようにみえる。三四郎はこれらの学生の態度と自分の態度とを比べてみて、その相違に驚いた。どうして、ああ無分別にかける気になれたものだろうと思った。(明治の運動会

 運動には冷淡である。
 ところが、英国では運動競技が生活の一部であった。その中でもラグビー、クリケット、陸上競技、ボートが特に格式が高い競技だった。
 格式が高い競技、たとえばラグビーは、たとえばレスリングのような下層階級の競技の違いは何か?
 競技をめぐる言説のありようが違う。分かりにくい? 一度、こういう言葉遣いをしてみたかったの。
 ラグビーに関してはいくらでも文献があるが、レスリングの文献は少ない――ということを前から言っています。
 今回は少し回り道をした。(続く)

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