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2008年12月11日 (木)

柔道か柔術か(31)

 予定を変更して、まず那嵯涼介氏が柔道か柔術か(29)のコメント欄で述べられた意見への反論をしたい。
 はじめは大変な難問だと思ったが、そうでもない。
 まず、那嵯氏曰く

 私は「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(CACC)にはルール上、興行における通常の試合でのサブミッションによる決着が認められていない時期があった」と断定的に書きました。
その根拠として、私は以下の3点の当時の文献による記述を挙げております。
・夏目漱石が正岡子規に宛てた書簡の中の記述 (こちらでもご紹介されておりますので省略致します)
・前田光世がその書簡(『世界横行柔道武者修 業』等)において「柔道と同じような締めや逆手 はあるが、普段は禁止されている」と記している点。
・1890年(柔道、柔術が欧米で紹介される以前)発行のトム・コナーズの自伝『MODERN ATHLETE』には「1865年から70年頃にかけて 試合での危険技の使用が禁止された」旨が書かれている点。

この3点については、どのようにお考えになりますか? (以上那嵯氏)

  まず、トム・コナーズの自伝の件。
「1865年から70年頃にかけて、試合での危険技の使用が禁止された」
 ということは、すなわち、
「1870年頃には、危険技の使用が解禁された」
 ということになりませんか? 

 そうすると、夏目漱石がプロレスの試合を見た1901年にはどうだったのか? 危険技は解禁か? それとも再び禁止されていたのか? この試合は「危険技」なしで、ほぼアマレス式に行われたはずでしょう?
 それに危険技=関節技と、どうして断定できますか? パンチやキックや肘打ちを指すのかも知れない。20世紀初頭のレスリングに「奥の手」として関節技があったという証拠にはならない。

 前田光世の書簡の件。これも史料価値がない。
「柔道と同じような締めや逆手はあるが、普段は禁止されている」
 というのは、前田がそういう話をレスラーから聞いたということでしょう?
 仮に前田の書簡に

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「何月何日、吾輩は何某というレスラーと対戦した。相手が柔道と同じような絞めや逆手を出してきて、さすがの吾輩も少々困ったのであるが、何とか勝ちをおさめることができた。愉快愉快」
 
 というようなことが書いてあるのなら、関節技があった証拠になるだろう。しかし、レスラーが「実は奥の手として締めも逆もあるのだ」と口では言ったとしても、実際にあったという証拠にはならない。
 ほんとに奥の手があるのなら、出してみればいいじゃないか。前田やタニと戦ったときに、レスラーの側も関節技を出せばいいのだ。
 ところが実際には、タニとの対戦の場合には、はるかに体重の少ないタニに簡単にひねられている。せめて、絞め技や関節技に対する防御方法くらいは心得ていていいはずでしょう。

  タニは1900年に渡英して、しばらくバートン=ライトの下で「バーティツ」の教師をしていたが、やがて彼と別れてミュージックホール・レスリングの世界に入り、有名になった。
 柔道か柔術か(14)では、トロンプ・ヴァン・ディゲレンというレスラーの自伝を引用した。彼は

 1908年にアポロ・サルド・クラブで、私は初めて柔術の凄みを知った。当時タニはイングランド中のミュージックホールで技を見せて回っていた。それまでヨーロッパではこの護身術はよく知られていなかった。すばしこいちっぽけなジャップが大男を数秒のうちにやすやすとやっつけるのを見て、人々は驚嘆した。力は無益だった。タニの技は敵の力を利用していた。タニが電光石火のごとくかけてくる技から逃れようと、こちらがもがけばもがくほど痛みが強くなるのだ。

 と書いている。タニがレスラーと戦い始めてから何年もたっても、
「それでは、こちらも奥の手のサブミッション技を出して、こしゃくなジャップをやっつけてやろう」というレスラーは現れなかったものと見える。
 
 20世紀初頭の英国のレスラーの間では、関節技は、
「知られていなかった」
 というのは、言い過ぎかもしれない。
 しかし、
「関節技を使いこなせるレスラーはほとんどいなかった」
 と推定してもよいのではないだろうか?

 それでは、関節技などは、「昔はあったのに滅んだ」のだろうか? (続く)

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コメント

私は人物を見誤ったようだ。

漱石の一文をもって、「キャッチ・アズ・キャッチ・キャンには歴史上、関節技がなかった」と、ほぼ断定的な文章を書かれた方とはとても思えぬ迷解説、大変結構。

前田の書簡が証拠になるか、ときた。
あきれて物が言えない。
文豪と呼ばれる、ド素人の物書きの一文はどうなのか、逆に問いたい。

「1865年から70年頃にかけて 試合での危険技の使用が禁止された」すなわち、
「1870年頃には、危険技の使用が解禁された」?

こんな説明をしなけりゃならないのが凄く嫌だ。
1890年に出版された本に、そう書いてあったのなら当時から1890年現在まで、と読むのが
通常だろう。
揚げ足取りも甚だしい。

もういらないです、反論は。
何かを調べた形跡もないしね。
歩み寄れる、論じ合えると思った私が愚かでした。
ご持論を信じて、生きてって下さい。
多分、もうこれ以上この件で調べることはなれないだろうから。

ただし確たる証拠がない以上、断定的な書き方はされないように。
私はちゃんと当時の文献を読んで研究していきますよ。

もうお邪魔することはありません。
それでは。

投稿: 那嵯涼介 | 2008年12月11日 (木) 21時12分

那嵯さんって方はかなり痛い人ですね。勝手に好意を寄せてきた女性が勝手にこちらを嫌ってきたみたいな感じで、かなり気色悪いです。プロレス史についてはお詳しいんでしょうけど、人間的に痛すぎます(笑)

投稿: 見えない同情本舗 | 2008年12月12日 (金) 18時45分

痛いのは君だよ。
当方が何故ここに書き込みをするに至ったか、何回分かのエントリーをきちんと読むがいい。
勝手に好意を寄せてなんかいない。

そもそも、他人の名前をパクってあれこれ言うニセモノ野郎に、何か言われたくないね。
名前を騙られた人物が迷惑をするという考えに至らない部分が、最高に痛いね。

投稿: 那嵯涼介 | 2008年12月12日 (金) 20時16分

よく分かりませんが、那嵯氏の「もうお邪魔することはありません。」と言うコメント後に、他の方が自分のことを書かれたコメントを見て、痛いと言い返すコメントを書き込んでいるのがまた滑稽ですな。お邪魔することはなくてもこのサイトをチェックされてるんですね。三十郎氏がどのように反応されるの気になさっているのかしら。

投稿: 通りすがり | 2008年12月13日 (土) 00時37分

再び那嵯氏が閲覧しておられるかは分かりませんが。

議論の中にはヒール的な挑発をときに含めることもけっこうでしょう。

ですが研究・論議しているテーマに即するなら余裕とジェントルマンシップ、そして何よりユーモアが求められるところです。これ以上議論の必要がないという判断は、それはご本人しだいでしょうが、その書き方、表明のしかたはなんとも残念でした。

投稿: Gryphon | 2008年12月13日 (土) 07時40分

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