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2008年12月12日 (金)

柔道か柔術か(32)

 サブミッション技は「昔はあったのに滅んだ」のだろうか?
 これに関しては、那嵯涼介氏は、柔道か柔術か(29)のコメント欄で

 こちらのブログでは「中世ヨーロッパの騎士たちの戦術の中に組討系の技術は存在しなかった」という内容の記述があったように記憶しておりますが、それでは私が拙稿『危険で野蛮なレスリング』に掲載した古文書に掲載されていた、複数の挿絵をどのように解釈されておられるのでしょうか。

 と書いておられる。

 この「複数の挿絵」というのは、GスピリッツVol.9の51頁にある3点である。ドイツとオランダの16世紀と17世紀の格闘技術書の挿絵である。
 ドイツの技術書Ringer Kunst(1539年)掲載のものは、男が相手の後ろ手をとってねじ上げている図である。男も相手も立ったままであるが、相手は左腕をねじられて、上半身を水平にかがめている。お巡りさんが泥棒を捕まえようとするところ、といった格好である。
 もう一枚の挿絵では、男が立ったままの相手の手首と肘を掴んでいる。これから相手をどうにかしようというところで、まだ技は決まっていない。
 さらにもう一枚も、双方立ったままである。しかし、これは関節技か? 攻め手が体を沈めて、左手で相手の左膝裏を掴み、右手で左手首を掴んでいる。これで極めにかかることはできないだろう。肩車のような投げ技に入る格好ではないだろうか?
 
 これらは関節「」と言えるレベルではない。相手の腕をねじ上げるくらいのことは特に研究しなくてもできる。
 それに、双方立ったままでは、関節技はほとんど極まらないはずだ。私は実戦の経験は余りないけれど、それくらいは分かる。
 関節を極めるには、相手を倒してコントロールするのが先決だ。立ったまま双方動いていて、関節を極められるか? よほど実力差がなければ無理でしょう。
 合気道? しかし、「乱取り」がない。柔道家、レスラー、相撲取、単なる力持ちに力づくで来られたらどうしようもない。まあ、女の子が覚えておけば、痴漢をやっつけられるか。

20050905_aikido

 那嵯氏は
「他にも欧州には、16-18世紀にかけてサブミッションを伴う格闘術を記載した文献が多数あり、……」
 と書いておられる。
 柔術のように相手を寝かせてコントロールしてから関節を極めにかかる技の挿絵はないのだろうか?
 肘などの関節の逆を取れば有効だ、くらいのことは昔の欧州人でも分かっていただろう。その逆の取り方が「こうすればこうなる」という「」として定式化された場合もあったかも知れない。しかし、いくつか技はあったとしても、それが「」のレベルにまで体系化されていたかどうか?
 Ringer Kunstというドイツ語は「レスラー術」という意味なのだけれど。

 西洋の剣術は体系化されていたから、剣が実用性を失って久しい19世紀末でも盛んに行われた。フェンシングとsinglestick(木刀術)である。シャーロック・ホームズはいずれも達人だった。
 ところが、レスラー術は、ドイツで昔そういう名前の本が出たことは確かだが、柔術のような完成度に達しなかった。だから、19世紀末、20世紀初めには廃れていて、日本の柔術が英国人を驚嘆させた――という推定は成り立つのではないだろうか。
 
 現代の普通の(プロレス関係者ではない)英国人の認識もそうなのではないか。
 たとえば

「柔道は柔術から発達したもので、古来から伝わるこの術は特殊部隊にとって色々役立つ。柔術の起源はあまりに古く定かではないが、日本において数々の武将や侍、流派によってつちかわれてきた。弓術や剣術、馬術などを専門に教える道場で格闘技も教えられたのである。柔術は武器をとられた武将や不意打ちで鞘から刀を抜く間のない場合の手段と考えられた。敵の武将を捕虜として生け捕りするにも有効であった。……
 柔術では敵を倒すために投げ技と固め技を組み合わせて使うが、相手の頭や胴体にパンチを入れることはない。これはおそらく武士が鎧兜に身を包んでいた中世の名残であろう。こうした敵の弱点は腕と脚のみであるから、固め技や関節技に重点が置かれたのである」
(『サバイバル戦闘技術』p.17)

 この本は英国特殊部隊SASの戦闘技術(徒手、刀剣、火器による戦闘)を扱ったものである。著者は
「ヨーク大学で戦史を研究し、イギリス諜報部員として国外での数々の作戦行動に従事したあと、現在はフリーライターとして特殊部隊にかんする著書を多数書いている」

 戦史を研究した著者が、ヨーロッパの中世騎士ではなく日本の侍に実用的格闘術の起源を求めている。
 書いてあることもだいたい正確でしょう。柔術が「敵の首を取るための技術だった」と書いて、馬手差(めてざし)、すなわち右腰に差す「鎧通し」のことまで書けばさらによいのだけれど。
 騎士の格闘術は、あるいはあったかも知れない。しかし日本の柔術のレベルには達しなかった。だから残らなかった――と考えるのが妥当なのではないか。

 次は「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」という英語を改めて考えたい。

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