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2008年12月13日 (土)

柔道か柔術か(33)

各種のレスリングについて  Schools of Wrestling

               By E.J. Harrison

From Wrestling: Catch-as-Catch-Can, Cumberland & Westmorland, & All-in Styles, published under the auspices of W. (Billy) Wood, London, W. Foulsham and Co. Ltd., 1928.

原文は
http://ejmas.com/jcs/2004jcs/jcsart_Harrison_0704.htm

 太古の昔から世界の各地域で徐々に発達してきた各種のレスリングをすべて列挙することは至難の業、否ほとんど不可能である。したがって、本書ではそのような無謀な企てを試みるつもりはない。ほとんどどの国でも、活動的な男子は何世紀にもわたって何らかの形のレスリングを行ってきたのであり、その各種形態を綿密に観察すれば、必ずや相互に家族的類似性が認められるだろう。当然のことながら、レスリングの術の初期の段階では、どこで行われても、対戦は技術・技巧よりも単なる力を試す場になり、通常は体重が重く力が強い側が勝ちをおさめることになる。やがて共同体が知的物質的福利において次第に進歩すると(但し退廃に至っては駄目であるが)、スポーツや運動競技にも専門化ということが起こってくるのは、人間活動の他の分野におけると同様であり、特にレスリングにおいても優れた技術が決定的な役割を果たすようになる。

 しかし、ここで注目すべきは、試合を組む際にたとえば体重という要素を全く無視し、重い者と軽い者を無差別に対戦させることができるレスリング(と呼んでよいかどうか)がただ一つあることである。もちろん、これは日本の柔術または柔道である。ここではしばしば軽量の者が優れた技術によってはるかに重い相手を打ち負かす。どのようなレスリングでも技術がきわめて重要であることは否定できないし、プロレスリングではある程度の重量差が許される。しかし、対戦相手同士の体重の懸隔が柔術ほど甚だしいレスリングはほかにないと言ってよい。カンバーランド・ウェストモーランド式、グレコローマン式、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン式、オールイン式、あるいは日本の相撲においてさえ、軽量級はふつう重量級にかなわない。ほかの条件が同じならば、重くて力持ちの方が軽くて弱い方に対して優位に立つことは、暗々裏に認められている。

Jujitsu

 私は前二節ですでに比較的よく知られたレスリングのスタイルを挙げた。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンすなわちランカシャー式、カンバーランド・ウェストモーランド式、フランス式すなわちグレコローマン式(もっともネロ皇帝時代の闘士が蘇ったとして、グレコローマン式を見て自ら習い覚えた技と同じものがあると思うかというと、疑問なしとしない)、オールイン式、日本の相撲、柔術である。柔術については本シリーズで別に一巻が宛てられているので、本書ではその他の種類のレスリングの説明に役立つ場合に随時に柔術に触れるにとどめた。

 日本の相撲スタイルのレスリングについても触れておきたい。これはプロの重量級レスラーが行うものである。彼らは正に脂肪と筋肉の山であり、体重は20ストーン(280ポンド、126kg)あるいはそれ以上にもおよぶ。このスタイルのレスリングでは、相手をリングから押し出すか運び出せば勝ちになるので、体重と腹が出ていることが重要となる。しかし、このスタイルには48種類もの投げ技もあり、なかには我が国のカンバーランド・ウェストモーランド式の技と似たものもある。ただ相撲では腕のグリップが自由である(freedom of arm grip is permitted)。一方の力士が地面に膝をつけば負けとなる。力士はその巨体にもかかわらず驚くほど敏活で柔軟である。「股割り」などはいとも簡単に行うし、途方もなく太い腿をほとんど肩の高さまで上げることができる。何年も前のことであるが、日本の山岳景勝地である宮ノ下に滞在していたとき、私はタイホーという力士を見たことがある。彼は当時の相撲のチャンピオンであり、身長は6フィート6インチから7インチ、体重は20ストーンを越える巨人であった。彼は冒険好きの若いアメリカ人に、いいから走ってきてわしの腹を蹴ってみなさい、と言った。蹴りが入った。相手はタイホーに跳ね返されて宙を飛び背中から落ちた。相撲式のトレーニングには、生まれつき強力な四肢を大いになめしたりbating ハリソン氏が何を言いたいのかは不詳)や木の柱に肩をぶつけたりして堅くすることが含まれる。食物もふつうの日本人より強力なものを途方もなくたくさん食べる。

 さて、各種のレスリングを比較しどれかを選んでこれから始めるとすると、健康増進だけでなく役に立つかどうかを考えるのは当然だろう。そのような見地から、どのスタイルに一番効用があるか? ファースト・ダウン・トゥ・ルーズ(先に倒れたら負け)のレスリングを称揚する泰斗は多い。グレコローマンもキャッチ・アズ・キャッチ・キャンもだめだ、ましてやオールインなんてと言う。寝技がきわめて重要な部門なのがよくないというのだ。仮にそういう意見に賛成ならば、私は本書を書いたりはしない。柔術を例外として、どんな種類のレスリングでもルールや約束事のせいで攻撃方法として有効性が削がれていることは否めないが、実際の経験や観察から、たとえばキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの方が、カンバーランド・ウェストモーランド式よりも実戦ではずっと効用が大きいと思う。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンには立位からの投げと寝技があるが、カンバーランド・ウェストモーランドでは、ホールドの仕方が一種類に制限されていて、必然的に動作の範囲が狭まり技の種類も少なくなる。単に体を鍛える運動としても、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの方がまさる。このスタイルでは首の筋肉を大いに働かせなければならないが、カンバーランド・ウェストモーランドの方はそれが少ない。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンで首の筋肉を強くしておけば、実戦では必ず役に立つ。実戦では、両者が地面に倒れてから本当の正念場が来ることが多いのだ。そうなれば、まさに「オールイン(何でもあり)」だ。首締め(stranglehold)の効果的な掛け方を知っているか、掛けられるか、が勝敗を分ける。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンやグレコローマンの試合では、両肩をマットに付けられた方が負けになるのだが、実際の死闘ではそんなことで済むものか! 敵を制するには、はるかに激烈な手段に訴える必要があるのだ。現存するどのスタイルからでも役に立つことは学べるし、折衷主義はほかのスポーツ同様レスリングでも結構なことだ。しかし、実用の見地からは、カンバーランド・ウェストモーランド式に腕のポジションをほとんど一つに制限してしまい、一方がホールドをブレークすれば(掴んでいた手を離せば)まだちゃんと立っているのに負けにされるというようなやり方ではだめだ。腕と手を効果的に脚の補助に使って相手の平衡を崩し両肩をマットに付けようとするキャッチ・アズ・キャッチ・キャンには(ましてや柔術には)、とうてい敵わないのである。

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