« ブッシュに靴 | トップページ | 柔道か柔術か(37) »

2008年12月17日 (水)

柔道か柔術か(36)

 近代レスリング(エンサイクロペディア・ブリタニカの記事)

 19世紀後半になって、二つのレスリング・スタイルが支配的になった。一つはグレコローマン、もう一つはキャッチ・アズ・キャッチ・キャンすなわちフリースタイルである。
 グレコローマン・レスリングは最初にフランスで広まったが、古代人がこのようなレスリングをしていたと考えられたので、この呼び方になった。グレコローマン・レスリングのホールドは上半身のみにかけることができ、寝技でも相手に脚を巻き付けてはならない。元来グレコローマンはプロのレスリングであり、パリ万博によって普及した。1896年に第1回近代オリンピックに取り入れられてから、1900年と1904年を除いて、毎回のオリンピックで行われている。

 第二のスタイルであるキャッチ・アズ・キャッチ・キャンは、主として英国と米国でまずプロのスポーツとして普及したが、1888年にアマチュア体育協会に公認されてからはアマチュア・スポーツともなった。オリンピックには1904年に導入され、以後1912年を除いて毎回行われている。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンは上半身のホールドと脚のグリップを許し、勝敗はピンフォールで決める。

 フリースタイルあるいは国際フリースタイルはキャッチ・アズ・キャッチ・キャンを修正した形のレスリングで、1920年ごろアントワープで始められオリンピックで行われるようになった。国際フリースタイルはルーズ・レスリング(組み合った体勢からではなく離れて始めるレスリング)であり、英米式レスリングのピンフォールではなくグレコローマンと同じようにタッチフォールで勝敗を決める。

 19世紀末から20世紀初頭にかけての有名なプロレスラーには、ロシア人のジョージ・ハッケンシュミットがいた。彼はグレコローマンのアマチュアであったがプロに転向し、1900年からはキャッチ・アズ・キャッチ・キャンで戦った。彼は1908年まで世界チャンピオンだった。アメリカ人レスラーのフランク・ゴッチは、1908年と1911年にハッケンシュミットを破った。プロレスはボクシングに人気では負け始めていたが、ゴッチが1913年に引退して以降は真面目なプロスポーツではなくなった。以後は特に米国でラジオ中継やその後はテレビ放送によって観客こそ増えたものの、全くの見世物になってしまった。選手は「ヒーロー」と「ヴィラン」(「ヒール」とは言わないのだろうか?)に分かれ、どちらが勝つかは技術ではなくプロモーターの都合で決まった。レスリング技はますます派手で人工的で偽物になってきた。

B0082484_20582274

 ひどい? 「ライオンには動物学を教えさせない」という原則で執筆者を選んでいるらしいのです。

 グレコローマンは、近代のフランスで作ったレスリングなのですね。壺絵などにレスリングをしている男が描かれているのを見て、「昔はこういうレスリングをしたのだろう」と想像してルールを作ったのだ。
 だから、柔道か柔術か(33)で訳したハリソン氏の論考を敷衍すれば――ネロ皇帝時代のレスラーが近代フランスの「グレコローマン」を見たら、「これがギリシャローマ式レスリングだって? とんでもないよ」と言うだろうというのだ。
 スープレックスという単語もフランス語なんだって。仏和辞典には載っていなかったけれど。

Dsc00986

 ジャーマン・スープレックスと呼ばれるようになったのは、アメリカ人がカール・クラウザー(ゴッチ)をドイツ人だと思ったからだ。それに、フレンチ・スープレックスなんて、French kissや French letterの仲間みたいでしょう。

 ブリタニカの記事に戻ると、ピンフォール(pin-fall)とタッチフォール(touch-fall)という英語が出てきた。どう違うのか、調べてみよう。(続く)

|

« ブッシュに靴 | トップページ | 柔道か柔術か(37) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/26239433

この記事へのトラックバック一覧です: 柔道か柔術か(36):

« ブッシュに靴 | トップページ | 柔道か柔術か(37) »