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2009年2月15日 (日)

菜食主義のレストラン(1)

「どれ、待ちたまえ」ホームズは角に立って、その軒並を見わたしながら、「僕はこの辺の家々の、順序を記憶しておきたいと思うんだ。ロンドンというものに対する正確な知識を持ちたいのが、僕の道楽でね。ええと、一番がタバコ屋のモーティマー商店、その次が小さな新聞販売店。それからシティ・アンド・サバーバン銀行のコーバーク支店か。それから菜食主義のレストラン、その次がマクファーレン馬車製造所の倉庫で、角になっているね」

 もちろん『赤毛連盟』ですね。訳文は延原謙氏のものに少々手を加えた。ベアリング=グールドの考証によれば、これは1887年(明治20年)10月29日のことだった。
 ホームズが生まれたのは1854年(安政元年)、ワトソンと知り合ったのは1881年(明治14年)で27歳のときだった。『赤毛連盟』のころには33歳になっていた。1891年(明治24年)5月4日、ライヘンバッハの滝壺に転落して死亡した(37歳)というニュースが伝えられるまで、数々の難事件を解決したのである。
 しかし、菜食主義のレストランvegetarian restaurantというものがあったのですね。
 英国の菜食主義は、1847年9月30日に菜食主義を広める目的で菜食主義者協会Vegetarian Societyが設立されたときに始まる。vegetarianという英語は、OEDによれば1839年が初出であるが、1848年に菜食主義者協会がマンチェスターで第一回大会を開き会報Vegetarianを発行してから一般に広まった。
 英国の菜食主義者協会の一番有名なメンバーは誰でしょうか?
 バーナード・ショー(1856-1950)は二番目でしょう。

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コメント

マハトマ・ガンジー?かな?

投稿: 土屋朋之 | 2009年2月15日 (日) 21時46分

そうです。分かる人は分かるのですね。

投稿: 三十郎 | 2009年2月15日 (日) 22時17分

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