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2009年2月16日 (月)

菜食主義のレストラン(2)

 英国菜食主義者協会Vegetarian Societyの一番有名なメンバーは、マハトマ・ガンジー(1869-1948)である。
 1888年10月、19歳になったばかりのガンジーは、客船クライド号からサウサンプトンの港に降り立った。このころ撮られた写真では、彼は濃い髪の毛をやや右で分け、大きな尖った鼻、厚い唇、やや不安げな目をしている。

Gandhi9

 ガンジーはバリスター(法廷弁護士)の資格を取るためにインドを出てきたのだった。彼は11月6日にインナーテンプル法曹学院に学生として登録した。3年足らず在学するだけで勉強はほとんどしなくてもよかった。ごく簡単な試験があったが、よほどの馬鹿でなければ合格して弁護士になれた。ガンジーも1991年6月10日にバリスターの資格を取り、12日には帰国の途についた。
 困ったのはインドとの習慣の違いだった。英国は寒いから肉を食べなければやって行けないと忠告されたが、ガンジーはヒンドゥー教徒として菜食を守るつもりだった。「英国へ行っても肉と酒と女には近づかない」と母親に誓っていた。

 ガンジーは下宿で自炊し、菜食主義のよいレストランを探して何日もロンドン中を歩き回った。シティ・アンド・サバーバン銀行のコーバーク支店とマクファーレン馬車製造所の倉庫に挟まれた菜食主義のレストラン(ワトソンは店名を記録していない)も当然訪れたはずである。
『ガンディーと使徒たち』を見てみよう。

  ガンディーは菜食主義のよいレストランを探して何日もロンドン中を歩き回ったが、ようやくファリントン街でセントラル・レストランを見つけた。これはロンドンで一番の菜食主義レストランだった。彼はここで故郷を出てから久しぶりにまともな食事にありついた。彼はセントラルの常連となった。セントラルは彼の食堂、クラブ、本屋になった。セントラルを通じて、彼は菜食主義運動が英国だけでなく世界中に拡がっていることを初めて知った。彼はここでヘンリー・ソールトの『菜食主義のために』、ハワード・ウィリアムズの『食の倫理』、アンナ・キングズフォードの『完全なる食事法』などを買って読んだ。ソールトとウィリアムズにもセントラルで会うことができた(アンナ・キングズフォードは亡くなったばかりだった)。彼がセントラルで会った菜食主義の指導者にはジョサイア・オールドフィールドもいた。彼は弁護士で医師であり、病気の治療法として野菜と果物だけを食べる食餌療法と自然療法を勧めていた。またT・A・アリンソン博士も同じように菜食主義を勧める医師だった。セントラルに集う人々は、シェリー、ソロー、ラスキンなどの詩人や思想家の信奉者で、彼らによれば、菜食主義は虚弱なインド人だけの食事法などではなく、万人にとって人道的で道徳的な唯一の食事法であった。菜食主義は、食べるために生き物を殺す必要がないから、自然と調和した食事法である。肉を通じて伝染する病気とは無縁であるから、最も健康的である。野菜、穀物、果物、木の実などは肉と比べれば栽培の費用が安いから、経済的である。家畜を飼育する代わりに同じ面積の土地で野菜や果物を栽培すればはるかに多くの人を養うことができるから、土地活用の面でも効率がよい。農業人口が多ければ安定と繁栄に繋がるから、国民性の強化に役立つ。菜食主義は、人道的な非暴力の価値を慫慂する道徳的な力であった。菜食主義の普及のために、菜食主義者たちは英国、アメリカ、オーストラリアなどの国々に菜食主義者協会を設立していた。
 ガンディーはベイズウォーターのジョサイア・オールドフィールドの家の近くに引っ越し、西ロンドン食物改革協会の創立会員になった。オールドフィールドが会長になり、詩人のサー・エドウィン・アーノルドが副会長になった。ガンディーはほかの会員たちと近所の家を訪ね歩いて、菜食主義と平和を説き、菜食料理の作り方を教えた。ガンディーはロンドン菜食主義者協会でも目立った役割を果すようになった。彼は協会の執行委員となり、週刊機関紙『ヴェジタリアン』とマンチェスターの姉妹紙『ヴェジタリアン・メッセンジャー』に寄稿した。(pp.128-9)

Gandhi1890
1891年、菜食主義者協会の会合におけるガンジー(前列右)。

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