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2009年2月 5日 (木)

柔道か柔術か(54)

 ロングハーストは、タニがアポロ(ウィリアム・バンキア)と組んでミュージック・ホールに出演し始めたころのことを「アポロは鳴り物入りでタニの売り出しにかかった。何としても世間の注目を引きたかったのだ」と書いている。バンキアは根っからのショーマンで、タニは一種の天才だというイメージを作り上げた。もちろん、タニ自身にそれに応えるだけのものがあったので、英国上陸の初日から「挑戦してくる者は拒まない」という態度を取った。この姿勢は、彼が1918年にロンドンの柔道クラブ「武道会」で教え始めてからも変わらなかった。武道会の古参であるショー・デズモンドは、タニがプロレスのチャンピオンを投げ飛ばし、そのまま寝技に入って次々と関節技や絞め技をかけて見せたことをよく覚えているという。「ジュードーをご教授いただきたい」と言ってやってきた体重18ストーン(114kg)のグレコローマンのレスラーも投げて見せた。
  しかし、タニと柔術の声価が高まったのはミュージックホールの喧噪の中であった。何年もの間、ここが彼の活躍の場だった。彼は誰の挑戦でも受けて立った。体重は問題ではなかった。柔術の価値は、英国中のあらゆる町で、毎晩実証されていたのだ。パーシー・ロングハーストは1905年にこう書いている。「抜け目のないスコットランド人の怪力男アポロはタニ・ユキオのマネージャーを引き受けて全国各地に巡業させたから、グラスゴーより南である程度以上の大きさの町でタニが柔術を見せなかったところはない」
   当時ミュージックホールで公演したレスラーや怪力男の例に漏れず、タニとバンキアも「挑戦を受ける」旨を広告した。スポーティング・ライフ誌の1904年12月号には次のような広告が出ている。(*これは前に一度出しました。写真はパラゴン・バラエティー劇場)

Paragon_1904

パラゴン・バラエティー劇場
マイルエンド街
TO-NITE TO-NITE TO-NITE
アポロ提供、特別出演
日本人レスラー
ユキオ・タニ

 タニに勝った者には特別賞100ポンド。タニは体重9ストーン(57.15kg)しかないが、どんなに大きい相手の挑戦も受けて立つ。タニが15分以内に負かすことができなかった者には、アポロが20ポンドの賞金を提供。プロのチャンピオンクラスのレスラーは特に歓迎。アマチュアの腕試しを奨励するために、アポロはタニが負かすことのできなかった者に40ポンドの価値のある銀製カップを進呈。一番健闘したアマチュアには高価な金メダルを差し上げる。出場申込は毎晩試合開始前までに。

 タニがアポロと組んで英国のミュージックホールと劇場の何年にもわたる大巡業を始めたのがいつかは正確には分からない。しかし1903年には彼はすでに有名人になっていた。Health and Strength誌の1903年12月号の記事
「器用な日本人レスラーのタニ・ユキオは、最近リーズのティボリ・ミュージックホールに出ている。自分と15分間戦うことができれば誰にでも20ポンド進呈するという触れ込みであるから、ランカシャーとヨークシャーの最強のレスラーたちが挑戦しているが、まだ誰も20ポンドを獲得した者はいない。英国のレスリングとしてはジャップのやり方は邪道だと評する向きもある。有名なランカシャーのレスラー、アクトンも7分半で敗れた。」

 当時はミュージックホールのレスリングを新聞がかなり詳しく報じた。たとえばスポーツマン紙の1907年12月10日号には、前日のタニのチェルシー・パレスでの試合をこう報じている。

「今週のチェルシー・パレスのスターは柔術家のタニ・ユキオである。彼は自分に勝てば100ポンド、15分間ギブアップしなければ20ポンドの賞金を出すという。最初に挑戦したのはフルハムのフォスター・スカンチャで、体重147ポンドの有名なレスラーである。彼は2分23秒、アームロックで敗れた。バッターシーのトム・ピアスが続きなかなか健闘したが、5分38秒、アーム・アンド・レッグ・ホールド(腕拉ぎ十字固め?)で敗れた。続いて、アルフ・ジェームズが3分27秒戦い、地元レスラーのビル・ウィリアムズは8分11秒も戦った。今夜はジャック・マッデンがタニと雌雄を決する。」

*ランカシャーのレスラーが挑戦して敗れていますね。「邪道」の関節技でギブアップしている。ランカシャーはCACC(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン)の本場で、CACCには「サブミッションなんて昔からあるぜ」というのじゃなかったか?
  写真はそれこそ邪道だけれど。

Jiujitsu

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コメント

体重差のある相手に多少のインターバルはあるにしろ連戦連勝というのはすごいですね。実力差もさることながら、レスラー相手ならそれでも勝てると踏んだのでしょう。
ところでプロのレスラーは普段どのようなルールで戦っていたのかはご存じですか(既出なら申し訳ありません)?

投稿: タカハシ | 2009年2月 5日 (木) 13時03分

現在のアマレスのフリースタイルに近いルールです。それが「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」です。そういう試合を夏目漱石が1901年12月にロンドンで見て「西洋の相撲なんて間の抜けたものだよ」と正岡子規宛の手紙に書いた。大分前の方でこのことを書きました。読んでみてね。

投稿: 三十郎 | 2009年2月 5日 (木) 13時48分

ありがとうございます。再読します。
以前ここ(かな?)で読んだ「アマレスの関節技は参ったさせるものでなく、相手をコントロールさせるためのもの」というのを裏付けてるように思えますね。

投稿: タカハシ | 2009年2月 5日 (木) 18時37分

アマレスの関節技のことは書いた覚えがないけれど、その通りでしょうね。ネルソンや股裂きなども広い意味では「関節技」と言えないこともないから。腕拉ぎ十字固めなどはもちろんレスリングにはなかったのだと思います。

投稿: 三十郎 | 2009年2月 6日 (金) 22時18分

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