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2009年3月15日 (日)

インドのキャッチ・アズ・キャッチ・キャン(4)

Pczbyszko

 ガマ対ズビスコ戦は、250ポンド賞金試合として1910年9月10日に、ロンドン五輪(1908年)開催のオリンピック・スタジアムで行われた。6万8000人収容のスタジアムに1万2000人の観客が集まった。

Zybszkogama1910

 試合開始から1分もたたないうちに、ズビスコは倒され、そのまま試合終了まで守勢を取り続けた。亀になった(原文にはHe became a tortoise.とは書いてない)。 http://ejmas.com/jalt/jaltart_noble_0702.htm
 しかし、うつ伏せになってマットに張り付いたままであった。
 ガマはハーフネルソンなどをかけようとしたがズビスコには効かない。
 ガマが四つん這いのズビスコのバックを取ったまま2時間が経過した。ようやくズビスコが立ち上がり、ガマの胴をクラッチして投げようとした。少し体が浮いたけれども投げは効かず、両者はまた倒れて、またガマが上になった。
 試合時間が2時間35分になったところで、引き分けになった。
 1週間後の9月17日に再試合が行われることになった。しかし、時間になってもズビスコは現れなかったので、ガマが勝者と認定され、賞金250ポンドを受け取った。

 猪木対アリ戦みたいな大凡戦であった。
 ズビスコが非難されたのは当然として、ガマにも寝技の技術が足りないという批判があった。
 ガマがズビスコを「投げてみせる」という挑戦状を出したことで分かるように、インドのレスリングは投げ技が中心だった。インド式ではフォールは片方の肩を付ければよかった。ズビスコのような強敵を相手にして、英国式キャッチ・アズ・キャッチ・キャンに適応するのはむつかしかったかも知れない。

 この試合はキャッチ・アズ・キャッチ・キャンのルールで行われた。つまり現在のアマレスのフリースタイルとほぼ同じルールである。
 柔道か柔術か(68)で述べたように1908年には、このルールでアマチュアはロンドン五輪を戦い、日本の前田光世などのプロは世界チャンピオン決定戦を戦った。
 これは
(1)勝ち負けを事前に決めない真剣勝負だった。
(2)勝負はフォールで決め、サブミッションはなかった。

 同じ時代にアメリカでは、すでに上の(1)(2)について別の考え方をしていたようだ。
 ジョージ・ハッケンシュミットとフランク・ゴッチはアメリカで二度、1908年と1911年に戦い、いずれもゴッチの勝ちということになったが、ガマ対ズビスコ戦のような公明正大な戦いではなく、様々の疑惑が残っている。
 
 ゴッチはすでに一種の関節技を使っていたようだ。(ガマ対ズビスコ戦では関節技は禁止だった。ガマがズビスコの足首を掴んだときにレフリーが「トゥーホールドは禁止だぞ」と言った。)

Frankgotch_stepovertoehold

 下の技などは、上の技と似たようなものだ。こういうのを「アメリカンキャッチの源流を受け継いだ」とか何とかいいたいのなら勝手ですが、英語の用法の間違いですよ。

B0100078_218266

 青木真也のすごい関節技などは、やはり柔術が元でしょう。

Leguye2

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コメント

「トゥーホールド」は「トーホールド」の間違いでしょうか?

投稿: | 2012年12月 1日 (土) 15時17分

そういえば「トーホールド」ですね。ありがとう。

投稿: 三十郎 | 2012年12月 1日 (土) 15時22分

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