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2009年3月 2日 (月)

柔道か柔術か(63)

フリースタイル・レスリングの歴史続き

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 フランク・ゴッチ (1878-1917)は、アイオワ州に生まれたドイツ移民の子だった。彼はアメリカのスポーツの偶像となっている。彼が二度にわたってジョージ・ハッケンシュミットに勝ったことがきっかけで、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンはアメリカで重要なスポーツとなった。第一回の試合は、1908年4月3日にシカゴのデクスターパークで1万人の観客を集めて行われた。 ゴッチが不正行為や反則をしたという主張がなされたが、アメリカのファンにはそんなことはどうでもよかった。大切なのはアメリカ人のチャンピオンが勝ったことだった。

*ゴッチは体にオイルを塗り、ひっかき、目潰しなどをし、打撃を加え、相手の鼻に少なくとも一発パンチを浴びせたといわれる。これはハッケンシュミットの伝記による。

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 リターンマッチは1911年9月4日にシカゴのコミスキー球場で行われ3万5千人を集めた。ゴッチの勝利はアメリカ人の琴線に触れた。熱狂的な愛国心がはやった時代に何でもアメリカがベストだという確信を与えたから。フランク・ゴッチは史上最強のレスラーで「世界チャンピオン」だということになった。

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 ゴッチのレスリング・キャリアには芳しからざる点もあったのだが、ともかくこの勝利はアイデンティティを求めていた若いアメリカを刺激しレスリング熱が盛んになった。今日レスリングはアメリカで7番目に人気のあるスポーツで、何千という競技者がいる。 ノースダコタ州で開かれるジュニアの(高校生の?)レスリング大会は世界一の規模で、約4千人が参加する。2003年には8日間にわたって23面の国際式マットを使用して7118試合が行われた。地元経済に与える効果は1000万から1200万ドルであるという。

*ゴッチは「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・レスラーの世界チャンピオン」になった。これによってアマレスが盛んになったと筆者は言うのであって、プロレスには触れていない。フランク・ゴッチの引退(1913年)とともに「真面目なプロレスは終わった」と一般に言われている。ゴッチが果たして本当に「真面目な」レスリングばかりをしていたかどうかはともかく、後の世代のプロレスラーよりもふつうのアメリカ人に尊敬されていたようだ。

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コメント

体質にもよるので一概には言えませんが、フランク・ゴッチの耳がそれほど潰れていないのがちょっと気になります。

投稿: タカハシ | 2009年3月 2日 (月) 12時50分

ほんとですね。カリフラワーになってもおかしくないのに。

投稿: 三十郎 | 2009年3月 2日 (月) 13時34分

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