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2009年3月10日 (火)

柔道か柔術か(68)

世界チャンピオン決定戦
――フリースタイル・レスリングの歴史続き

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 大きな大会ではよくあることだが、いくつか番狂わせがあった。ライト級で本命だったドイツのピーター・ゴッツ (1887-1944)が減量に失敗したが、ミドル級に出て2位になった。日本の弘前出身のヤマト・マエダ(前田光世1874-1944)はヨーロッパにいる日本人では最強であり、柔道の世界的普及に最も功績があった人物であるが、ミドル級に出てオーストリアのヘンリー・アースリンガーに1ラウンドで負けた。ところが彼はヘビー級にも出て、こちらでは2位になった。
 これは初めてのキャッチ・アズ・キャッチ・キャン国際選手権戦であった。イングランド、スコットランド、アイルランド、オーストリア、ドイツ、イタリー、スイス、日本の8カ国からレスラーが参加した。

 成績は次の通り。 (全員がプロレスラーです。)

ライト級-10ストーン (63.5kgs)
1位 ジャック・キャロル 2位 F・トンゲ 3位 J・ベントレー
ミドル級-12ストーン (76.2kgs)
1位 ジョー・キャロル 2位 ピーター・ゴッツ 3位 H・アースリンガー
ヘビー級
1位 ジミー・エソン 2位 ヤマト・マエダ(前田光世) 3位 J・ストックリー

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(上の本は探しているのですが、見つかりません)
 
 アルハンブラ劇場で行われたこの世界チャンピオン決定戦の5週間後に、ヘングラー・サーカスのトーナメントが行われた。これは8週間続き4重量級に135選手が参加した。このトーナメントの終了後に1908年ロンドン五輪が開催された。キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・レスリングは大成功で、5カ国のレスラーがメダルを獲得した。グレコローマンでメダルを得たのは7カ国のレスラーだった。キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(フリースタイル)のバンタム級で銅メダルを得たカナダのオーベール・コテ選手はカナダ初のメダリストであった。彼は自分の農場を抵当に入れてロンドンまでの旅費を捻出していた。

 大英帝国のアレクサンドリア王妃がホワイトシティ・スタジアムで優勝者にトロフィーを授けたとき、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンは遂に国際的なアマチュアスポーツとして認められたのである。
 1908年ロンドン五輪では、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンすなわちフリースタイル・レスリングは次の階級で行われた。
バンタム級 (54kgs)
フェザー級 (60.30kgs)
ライト級 (66.6kgs)
ミドル級(73kgs)
ヘビー級 (73+kgs)

(*プロは76.2kg以上、アマは73kg以上がヘビー級である。ハッケンシュミットは体重99kgで筋肉の塊だったから、百年前には驚異の的だった。)

オリンピックでの認知

 キャッチ・アズ・キャッチ・キャンがイングランドでアマチュアスポーツとして公式に認められたのは1888年にアマチュア体育協会によりオリンピック用のスポーツとして受け入れられて以来である。これは英国オリンピック協会のS・ド・カーシー・ラファンの努力による。彼はキャッチ・アズ・キャッチ・キャンを1914年のパリ大会でオリンピック種目に含めるべく論陣を張った。しかし同年第一次大戦が勃発したのだった。
 英国は1908年ロンドン五輪の成功を以後繰り返すことはできなかった。外国では政治的イデオロギー的理由でアマチュアスポーツの支援を強化し、アマチュアリズムを逸脱するに至っているが、英国の政治家はオリンピックの理想を信じてか超然たる態度を取ってきた。近年ようやく変化に兆しが見えてきたが、もう英国のレスリングは手遅れだろう。レスリングの競技人口は激減し、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・レスリングのスポーツとしての存続は誕生の地で脅かされている。

*1908年の英国ではプロとアマチュアが同じ「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン=フリースタイル」のレスリングをしていた。つまり百年前の英国のプロレスは、現在のアマチュアのフリースタイル・レスリングとほぼ同じであった。寝技の地味な攻防を見るのに入場料を払う観客がいたのだ。(66)のアルハンブラ劇場でのプロレス試合の写真を見て下さい。寝技が見やすいようにリングを使わなかったのだ。
  1908年の大会では「番狂わせがあった」。つまり勝敗を予め決めておくという習慣はまだなかった。
   このような牧歌的な時代は第一次大戦とともに終わり、戦後の観客はもっときつい刺激を求めたから、アメリカ式プロレスが始まった――と思うのだけれど、これはまだ調べていません。

*アメリカでは、すでに20世紀初めからプロレスは「真面目なスポーツ」ではなくなっていた。「アメリカン・キャッチ」がどうこうなんて当てずっぽうでいい加減なことを書く人がいて困る。当時の新聞記事の抜粋があるからご覧なさい。
http://ejmas.com/jalt/jaltart_svinth_0700.htm

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