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2009年4月20日 (月)

キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの意味(1)

 レスリングに関する古い英語の用法をビル・ロビンソンに聞いても、正しい答えが返ってくるとは限らない。
 たとえば「野見宿禰と菅原道真の関係」を北の湖親方に聞いてもだめなのと同じだ。
 言葉を知らないのはレスラーやお相撲さんだけではない。英語でも日本語でも言葉はむつかしい。某副大統領はポテトを英語で正しく綴れなかった。某首相は「踏襲」を独自の読み方で読んだ。

 
  源氏物語についてなら、麻生さんに聞くよりはアメリカ人のサイデンステッカーさんに聞いた方がよい。サイデンさんは私より日本語歴が長いのだから、たいていのことは彼に聞いて分かるはずだ。もっとも外人特有の弱みはあって、口語、俗語、卑語、日常語、一部の固有名詞で知らない言葉はあるだろう。「ゴルゴ13」なんて知らないはずだ。こういうのは麻生さんに聞け。

 私はビル・ロビンソンの書いた英語を読んでいない。その英語を論ずるのは、プロレスライターの和訳(誤訳?)を通じてである。この男の間違いをロビンソン氏の間違いだと断じてしまうかも知れない。失礼を予めお詫びしておく。ロビンソンさん、私に怒らないでね。お腹立ちならNにダブルアームスープレックスをかけてやって下さい。

 GスピリッツVOL09の051頁に、Catch-As-Catch-Canの意味について、

ビル・ロビンソンは、「これは"やれるものならやってみろ"という意味のランカシャー地方の方言だ」と語る。

 と、ロビンソン氏の言葉を「引用」している。これは間違い。少なくともこの和訳は間違い。元の英語を引用しなければ意味がない。
 
 Catch-As-Catch-Canは「掴めるように掴む」「掴めるところを掴む」という意味だ。これは英語の用法の問題であって、調べれば分かることだ。
「やれるものならやってみろ」では、レスリングとどういう関係があるのか不明だ。第一Catchという英語がなぜ「やれる」とか「やってみろ」という日本語になるのか? こんなデタラメを書かれてはロビンソンさんが気の毒だ。

 ウィキペディア英語版のCatch wrestlingという項目は随分変なものだが、少なくとも次の部分は正しい。

The Lancashire phrase "Catch-As-Catch-Can" is generally understood to translate to "catch (a hold) anywhere you can".
「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」というランカシャー地方のフレーズは、一般に「掴めるところを(ホールドで)掴む」という意味になると理解されている。

 私が書いてきたことと同じだ。当たり前だ。他の意味に解しようがないのだもの。(続く)

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コメント

競技の名称として「掴めるところを掴む」という言葉(言い回し?)を選ぶというのはなんだか奇妙な感じがします。なんで・・・それこそキャッチレスリングとかにしなかったんでしょうね。
あと「やれるものならやってみろ」ならcatch me,if you canとかbeat me(だとまた違うのか)といった決まり文句があるので、ちょっとそういう方言とするのは考えにくいですけど。方言というかその言葉に込められた気概とかそういう感じでなら理解できますが。

投稿: タカハシ | 2009年4月20日 (月) 18時12分

競技があって、「さて、どういう名前がよろしいか」と考えたとすると、おっしゃるようにちょっと変ですね。
しかし、我々日本人には語感が分からないので、辞書を引く、英国人がどう言っているかを調べるのがよいでしょう。

投稿: 三十郎 | 2009年4月20日 (月) 18時26分

キャッチレスラーの末裔を自称するジョシュ・バーネットがある大会で入場したとき、アナウンサーが「キャッチアズキャッチキャンとは、『この機を逃すな!』という意味でもあります!」と言ってました。
いわゆる「チャンスの神様の前髪をつかめ」のような意味で
=========================
「(チャンスがあれば、そのチャンスの)つかめるところを掴め」
「やれるときにやっておけ」
「やれるならば、やっておけ」
「やれるもんならやってみろ」
==========================
というような意味をおおまかに含んでいるのでしょうか?
そのアナウンサーの出典が何かは分かりませんが。

投稿: Gryphon | 2009年4月21日 (火) 03時19分

なるほど。でもジョシュさんがそう言ったのならともかくアナウンサーですからね。
この英語自体は変則でしょう。我々の習った正則英文法なら
Catch as you can catch.
すなわち接続詞asのあとは「主語+(助動詞)+動詞」のはずなのに、catch canが変則。はじめのCatchは命令法「掴め」とも取れるけれど、まず「掴む」という不定詞だと思う。

投稿: 三十郎 | 2009年4月21日 (火) 03時58分

Gryphonさん、ウィキペディアを書いていただいてありがとうございます。だんだん増補して行けばいいのですね。あちこちに篤学の士がいるものだ。

投稿: 三十郎 | 2009年4月21日 (火) 04時28分

「某所で反証をする」と告知し、blog上の間違いを親切に指摘してあげた途端、「大悪口大会」に
なった。
これを世の中では「逆恨み」若しくは「腹いせ」という。
それまで「那嵯涼介氏」と書かれていたのが、「N氏」「N」と化した。
下衆な人だなあ。

面倒くせえから、もう相手にするのをやめようとも思ったが、宣言した以上は反証は予定通り
きちんとやらせて頂く。
mixiって知ってる?
あそこには全体に公開できる日記があるから、そこに書くことにする。
あそこに入るには友人からの招待状が必要なんだが、貴方友人いる?
何なら、招待状を送るけど。
そんな閉鎖的なところで行なうな?
どう思おうが貴方の勝手。
但し、これで秘密じゃなくなったわけだ。

その準備で、これまでの本blogの文章を時系列で読んでいるところだが、貴方無茶苦茶だなあ(笑)。
書かれている内容に一貫性がない。
もっとも「古代レスリングはグレコローマンです」と書いていた御仁が大家気取りになれるんだから、
1年程度のお勉強にしちゃ上出来だよ。

「ボクシング・デイに行なうオールインの興行」
これのどこが間違い?
「ボクシング・デイ」は、キリスト教会が富裕層から募った貧窮層へのプレゼントの箱を開ける催しを語源とした、
英国を中心に毎年12月26日にとりおこなわれるクリスチャンの慣習のことだよな。
その日にそういう興行が行なわれなかったという証拠は?
「消極的事実は反証ができない」か?(笑)
じゃあ、これも具体的な事例を探してみよう。

地方に行けば標準語と同じ単語を用いながら、全く異なる意味を持つ方言って、日本でも
いくらでもあるよな?
ロビンソンの言及(ネイティヴな英語を解する人の通訳)に関しては、俺はそう理解した。
但し、こう書いたはずだ。

"Catch-As-Catch-Can"
「出たとこ勝負の」、「手当たり次第の」という〝直訳〟も、相手の攻撃に対するリアクションが
最も重要であるこのレスリング・スタイルの特性を考えれば、あながち間違いとは言えない。
しかし現在、東京・高円寺の『UWFスネークピット・ジャパン』においてこの伝統的な
スタイルの指導にあたる〝最後の伝承者〟ビル・ロビンソンは「これは〝やれるものなら
やってみろ〟という意味の、ランカシャー地方の方言だ」と語る。ここはこの英国紳士の意見に
敬意を払うべきだろう。

前後を無視して都合のいいところだけ抜き書きするのは貴方の常套手段だが、公平さを著しく欠くよ。
まあ、ヒトを貶めようと意図的に書いているんだから、さもありなんってところだね。
気持ちはわかるよ。
ビリーが俺にダブルアーム?
ダブルリストロックなら掛けられたことがあるけどね。
ビリーは俺の記事を大層喜んでくれて、「英国の友人や息子にも送ってやる」と言って
何冊か所望されたくらいだよ。
CACCの語源については、スネークピットのウェブサイトにも全く同じことが書いてあるから、
参照したらどうかね。

他にも色々書いてくれているんで、その返答は自分のリングで行なうことにするよ。
それでは。

 那嵯涼介

投稿: | 2009年4月21日 (火) 10時28分

「大悪口大会」? 「逆恨み」? 「腹いせ」?
 どうもよく分からん。どうしてそんなに何でも人間関係に還元したいの?
 お互い顔も知らない仲だろう。好きもきらいもないだろう。
 那嵯涼介で検索して私のサイトが上位に出ては迷惑だろうと思ったから、N氏と書いただけですよ。
 私の書いていることに一貫性がない? それがどうかしましたか。前に間違ったことを書いたら、自分で直す。誰かが直してくれたら大歓迎。それで「新しい事実」が分かったら、誠に目出度いことだ。公共の福利に寄与できれば幸せだ。
 「誰がどういう人(よい・悪い・賢い・アホなど)か」
 には、私は関心がないのです。
 この記事でも那嵯涼介氏がどういう人かを論じていない。あくまで「キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの意味」について書いている。だから公平を欠くなんて言われても困る。あなたが「立派な人」か「つまらん人」かなんて話は、また別のところでしてちょうだい。
 あなたは何年も前から一生懸命真面目に研究している? それがどうした? 他人に何の関係があるの?
 問題は書いてあることが正しいかどうかだけ。間違っていたら訂正すればよろしい。正しければ大いに結構で世間に広めればよろしい。引きこもらない方がよろしいよ。
 私の「態度が悪い」なんてことを言われても困る。こっちはただのおっさんだからね。人物を論じてもらう値打ちはありません。
 人間関係はどうでもよろしい。問題は事実だ。「キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの意味」は人物の好き嫌いとは無関係、客観的事実の問題です。
(傍白)どうも、議論をするとアクセスは増えるけど、「ブログの品格」が落ちるなあ。
 では、所用もあるのでこれで。
 

投稿: 三十郎 | 2009年4月22日 (水) 05時48分

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