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2009年4月 9日 (木)

アングルの王者(4)

 Svinth氏曰く。http://ejmas.com/jalt/jaltart_svinth_0700.htm

 本稿のテーマは、我々の曾祖父の時代のプロレスもサーカスの見世物であったことは現代のプロレスと何ら変わりがない、選手やプロモーターが観客をあおる方法が変わっただけだ、ということです。
 この点については昔から議論が絶えないので、一部のプロレスライターは

・世紀末から20世紀初めのレスリングは断じて筋肉演劇なんかではなく、まっとうな競技だった。
・フランク・ゴッチは(汚い手も使ったが)歴史上最強のレスラーだ。

 と固く信じているらしい。
 私は当時の新聞記事をそのまま引用したい。要約はしないから、ご自分で読んでご覧なさい。分かるはずです。

 というわけで、以下に1906年12月22日付けシアトル・メール&ヘラルド紙の記事がそのまま引用してある。以下1912年まで、何本もの新聞記事の引用の連続だ。
 これを全部訳するなんて面倒だ。私は適当に要約し、つまみ食いする。原文を読みたい人はお読みなさい。http://ejmas.com/jalt/jaltart_svinth_0700.htm

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 1876年生まれのベンジャミン・ローラーは大学の体育教師から1906年ごろにプロレスラーに転職したのでドク・ローラーと呼ばれた。この人の得意は「負傷アングル」だった。強豪との試合の後ではよく肋骨にひびが入ったと訴えて入院した。負傷するくらいだから真剣勝負だと訴えたかったらしいが、当時の新聞には見抜かれていた。

 1907年11月4日に、ローラーはワシントン州タコマ市でマクラグレンという21歳のレスラーと42分間戦っている。
 この相手はまもなくレスリングを辞め、ハリウッドへ行った。ジョン・フォード監督の『静かなる男』(1952年)でジョン・ウェインと壮絶な殴り合いを演じたヴィクター・マクラグレンである。モーリン・オハラのお兄さんの役をやったのですね。

「ローラー、予定通り勝つ」というタコマ・デイリー・レッジャー紙1908年1月24日付けの記事は、ローラーがアイオワ出身のファーマー・バーンズに勝ったが、八百長が見え見えで、ギャラの大部分はファーマー・バーンズが取ったと書いている。当時はまだプロレス・ジャーナリズムの「作法」が確立していなかったのだ。(ファーマー・バーンズも「アメリカン・キャッチの代表的強豪」ですね。)

Burnscard2

 1909年9月6日付けシアトル・ポストインテリゲンサー紙は、郵政当局がプロレスの八百長の捜査に乗り出したことを報じている。プロレスの勝ち負けに大金を賭けて損をする人がいたらしい。ということは「真剣勝負だ」と信じている人がいたということだ。

シアトル・タイムズ紙1911年1月1日付け
「入場料を取るレスリング試合の99%は、対戦相手同士が握手する前に勝敗が決まっている。敵同士が一緒に練習することもある。叩く、噛み付く、蹴る、罵る、リングから転落する、観客席から挑戦者が現れるなどの仕掛けはお客を喜ばすためで、別に害はなく、試合を面白くする――と、レスラーたちは考えている」 

 もっと後になると、新聞はわざわざこういう分かりきったことは記事にしなくなる。
 1960年代にジャイアント馬場が遠征をしたころには、アメリカにもたぶん「東京スポーツ」があったと思う。
「鉄人ルー・テーズ、東洋の巨人をバックドロップで葬る!」
などという見出しが出たはずだ。

  まだ原文は大分あるけれど、面倒になってきた。興味のある人は原文を読んで下さい。英語はそんなにむつかしくないはず。
 しかしアメリカでもプロレスライターなんて人たちがいかに薄弱な根拠でものを書くかが分かる。Svinth氏のように百年前の新聞記事を調べる労を厭いさえしなければ真実が分かったはずだ。
  私はとりあえずアメリカは措いて英国のプロレスについて、できることなら新聞記事をあたりたいものだと思っていたけれど、とうていその余裕はない。だから、グレアム・ノーブル氏などが新聞雑誌を調べてくれたのに依拠して谷幸雄や当時のアマレスやプロレスのことを書いたのです。
  プロレスライターが資料にきちんとあたらない、根拠を具体的に示さないのは、日本もアメリカも同じだ。
  それでもプロの物書きはまだいい。素人には始末に負えない人たちがいるねえ。小谷野敦先生が、インターネットで**が意見を言うようになった、と言われたのは実に至言だ。

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コメント

当時のキャッチの試合については、なんとなんと日本の雑誌である週刊ゴングのロイ・ウッド氏のインタビューが資料として残っています!
ロイ・ウッド氏は私と同じことをおっしゃっています。
ダックアンダーさんの(66)の写真の疑問にはすべてすっきり回答して、ダックアンダーさんも納得していただいたようですがまだ何か問題でも?
以前私が反論させていただいて、キャッチのサブミッションが柔術からきたものだというお考えは、改めていただいたのかな?と理解しておりましたが、そうではなかったのですね。
柔術は下になったときに必ず足でガードします。これは柔術では最優先事項いっても過言ではなくもしガードをパスされてもエビなどで隙間をつくって再度ガードにもどします。柔術は下の場合ガードポジションから組み立てると言ってもいいでしょう。
しかしキャッチにはガードの概念はありません。下になったときは逃げるか返します。
これは明らかにキャッチが独自の技術体系をもっていたということを示しています。

投稿: レスラー仮面 | 2009年4月 9日 (木) 23時21分

ゴングの何年何月号ですか? ロイ・ウッドとかいう人が(66)の写真そのものについて(似た写真などではだめですよ)具体的に何と言ったのですか? もし、そうならば、あのコメントをつけたときにそう言わなければだめだ。その後で見つけたのですか? いずれにせよ、何年何月号で、具体的に何と発言したか、引用符付きで(あなたの要約ではなく)言ってくれなくてはだめだ。
あなたは公平な議論の仕方というものが全く分かっていない。
あなたが自分の頭の中で思い込んでいることは、他人の目から見ればひょっとしたら妄想かも知れない。そうではないということを示すためには、明確な日本語ではっきり述べなくてはならない。
「柔術は下になっても必ず……」という一般論はいま無関係。
66の写真そのものについて、ロイ・ウッドが何か言ったのかどうか?  ゴング何年何月号で何と言ったのか? 
「ロイ・ウッド氏は私と同じことをおっしゃっています。」というのは貴君の判断ですからね。相手にそのことを納得させなければならない。
あなたは、独りよがりがはなはだしい。どうしたら私が「お考えは、改めていただいたのかな」などと理解できるの? 私は「アホだなあ」と思っているだけです。そのことはふつうに日本語が読めれば分かるはず。
いずれにせよ、ゴング何年何月号か? ロイ・ウッドは66の写真そのものについて何か言ったのか、を示して下さい。発言を引用符付きで引用して下さい。それが最低限のマナーですよ。

投稿: 三十郎 | 2009年4月10日 (金) 05時55分

それよりも、私が何度も尋ねている問いに答えてちょうだい。
「ルールを細かく決めてから試合したというが、それは何年何月どこで誰と誰の試合か?」
と何度も聞いている。無視してはだめだよ。
ゴング(何年何月号?)なんてところへ話をそらしてはいけません。ずるいのだか、抜けているのだか?

投稿: 三十郎 | 2009年4月10日 (金) 07時44分

またまた横からすみません。

レスラー仮面さん
多忙でご質問に対し回答が出来ておりませんでした。
申し訳ございません。
足を折り曲げた状態と言うのは、腹ばいの相手の膝を
折って脛の上から鼠頚部あたりで圧迫し、相手の片足の
自由を奪うコントロールの事を指して書きました。
納得したと言われるとチョットあれですが(笑)


ガードについては、タッチフォールなりピンフォールが元々あったので、ガードポジションの技術(概念)が成立しえなかったとも考えられますね。よって柔術から取り入れられなかったと考えられないでしょうか。

投稿: ダックアンダー | 2009年4月10日 (金) 08時12分

>ピンフォールが元々あったので、ガードポジションの技術(概念)が成立しえなかった
ルールによりそれに適応した技術が進化することからも、そう考える方が整合性があるように思います。マウントポジションは柔術でもそれほど展開を作れるポジションではないので、VTにおけるマウントパンチがあることで、技術が練られていったのではないかと考えます。
ところでガードポジションの攻防というのも、英国に持ち込まれた時点で確立していた技術なのでしょうか。ブラジルで独自に発展したものも、全て日本から持ち出したものを受け継いだだけ、と解釈されてはいないかと考えてしまいます。

投稿: タカハシ | 2009年4月11日 (土) 12時48分

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