« 人という字は | トップページ | モルグ街の新訳(1) »

2009年4月25日 (土)

レスラーに一票

20080618inozkivsari

 アントニオ猪木とモハメド・アリの世紀の一戦は1976年6月26日に行われた。
 試合開始は午後2時か3時だったように記憶している。近くの喫茶店へテレビを見に行った。大入り満員で数十人が大型テレビに見入っていた。
 結果はご存じの通りで、大いに失望した。途中で「何だこれは。もうプロレスなんか二度と見ないぞ」と言って出てゆく者もかなりいた。私は最後まで見た。
 どういう試合になると思っていたか? 

・プロレスではなく真剣勝負だろう。
・猪木の勝ちだろう(そうなって欲しい)。
・パンチ一発で猪木KO負けもあるかも知れない(それもまたよし)。
 
 なぜ猪木が勝つと思ったかというと、しばらく前にアメリカのプロレス雑誌で
A Vote for the Wrestler(レスラーに一票)という記事を読んだからだ。
 雑誌の企画で、ヘビー級のプロボクサーとレスラーを実際に戦わせてみた、という記事だった。
 結果は、レスラーがタックルでボクサーを倒して終わり。低くタックルに飛び込むレスラーにボクサーのパンチは当たらない。何度やっても同じだった。
 猪木ほどのレスラーなら、当然やってくれるだろう。ドリー・ファンクとの試合は「息のあった名勝負」だったが、ほんとは猪木の方が強かった(と思った)。
 しかし、アリは規格外のボクサーだ。パンチが当たるかも知れない。一発で倒されても猪木の恥ではない。
「猪木はなぜタックルに行かなかったのか」
が不思議だった。しかし、もうプロレスに関心を失っていたので、深くは考えなかった。
 なぜタックルしなかったのか?
 答えは、猪木はタックルができなかったから。
 柳澤健氏の『完本1976年のアントニオ猪木』を読んで納得した。コロンブスの卵だ。

 当時世界最高のプロフェッショナル・レスラーのひとりであった猪木には、グラウンドで相手をコントロールする技術も体力も経験もあった。
 だが、相手を倒す(テイクダウン)技術に関してはまったくの素人であった。(柳澤 p.87)

 今だったらアマチュアのレスラーをコーチに招いてタックルだけを特訓しただろう。猪木ならばすぐにタックルをマスターできたはずだ。当時はそういう発想がなかったのだろう。残念なことだ。

|

« 人という字は | トップページ | モルグ街の新訳(1) »

コメント

今あの試合を観ると、レフェリーのジンラベールがリングにいた中では一番強いんだろうなぁ・・・などと考えてしまいます。
純粋にプロレスを楽しみに観ていた時代に戻りたい・・・

投稿: 傍観者 | 2009年4月25日 (土) 19時59分

私も最近同書を読んで全く同じ思いがしました。
その後の格闘技がタックルを基本としていることがかえって、あの試合の“解釈”の盲点を作り出してしまったような気がします。

投稿: 迷跡 | 2009年4月26日 (日) 09時29分

ほんとですね。実に「盲点」だったのだ。

投稿: 三十郎 | 2009年4月26日 (日) 11時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/29266104

この記事へのトラックバック一覧です: レスラーに一票:

« 人という字は | トップページ | モルグ街の新訳(1) »