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2009年5月19日 (火)

モルグ街の新訳(1)

(1)時は一八――年の春から夏にかけて、パリに暮らしていたわたしは、C・オーギュスト・デュパンという人物と知り合った。(2)この若き紳士はまことに端倪すべからざる名家の出身ではあったが、さまざまな紆余曲折を経て没落の一途を辿り、現在の貧窮ときたら持てる力を振り絞ってもかなわないほど。(3)かくしてデュパンは一念発起することも資産回復を図ることも断念せざるを得ない、というわけなのだった。(4)とはいえ、いまなお数名の債権者がいるおかげで、世襲財産のうちのほんの一部はまだ所有してたため、彼は厳格なる経済観念にもとづき、そこから収入を得ては贅沢品ならぬ生活必需品を何とか確保していた。(5)書物だけが贅沢品であり、ここパリでは容易に調達することができた。
(新潮文庫p.p.14-15  (1)-(5)の番号は引用者が付けた)

  前に新潮文庫はエドガー・アラン・ポーの佐々木直次郎訳をいつまで出し続けるのだろう、と書いた(モルグ街/病院横町(2))けれども、ようやく新訳が出た。
 ところがこれが駄目なのですね。まったくいけません。誤訳悪訳の宝庫だ。旧訳の方がずっとよい。
 たとえば(4)の文を見てみよう。
「いまなお数名の債権者がいるおかげで」?? 債権者がいれば債務が残っているのだから困るのが普通だ。「---おかげで」はどう考えてもおかしい。

 原文
By courtesy of his creditors, there still remained in his possession a small remnant of his patrimony; and, upon the income arising from this, he managed, by means of a rigorous economy, to procure the necessaries of life, without troubling himself about its superfluities.

 佐々木直次郎訳
それでも、債権者たちの好意で、親ゆずりの財産の残りがまだ少しあったので、それから上がる収入でひどい節約をしながらどうかこうか生活の必需品を手に入れ、余分なもののことなど思いもしなかった。

 もちろん佐々木氏の訳が正しく、巽氏の新訳は間違っている。
「厳格なる経済観念にもとづき」も意味不明だ。by means of a rigorous economyを訳するのならば、佐々木氏のように「ひどい節約をしながら」とするのがよろしい。
 まだまだ変なところは多い。こんな訳文ではエドガー・アラン・ポー(1809-49)が化けて出ますよ。たとえば(2)はどうだ? (続く)

Poe

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コメント

ポーの新訳が出始めましたが、モルグ街を訳しているのは、巽さん以外では光文社文庫の小川高義さんだけですね。

投稿: 土屋朋之 | 2009年5月19日 (火) 22時34分

小川さんは名人芸ですね。実にうまい。

投稿: 三十郎 | 2009年5月19日 (火) 23時04分

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