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2009年5月23日 (土)

モルグ街の新訳(5)

 ボードレールの訳は正しかったのだろうか? ポーがlibraryと書いたのをlibraireではなくてcabinet de lectureと訳したのは、気を利かせすぎたのではないだろうか。
 エドガー・アラン・ポーは
「フランスへ行きたしと思へどもフランスはあまりに遠し」
 と思っていた。せめて新しき背広を作る代わりにパリを舞台に探偵小説を書いた。読書クラブが繁盛しているなんて知らなかったと思う。

 英語の図書館libraryは、ドイツ語、フランス語の図書館Bibliothek, bibliothequeと比べて意味が多義的だ。たとえば執事が
「ポ、ポワロさま、libraryに死体があります!」
 ならば、libraryは「書斎」でしょう。

 ここはやはりドイツ語翻訳者の解釈が正しかったのではないか。ポーはふつうならば
at an obscure bookshop in the Rue Montmarte
 と書くところを、何しろおフランス万歳の人だから、ちょっと気取ってフランス語のlibraire(本屋)のつもりでlibraryと書いたのだ。

 となると、obscure libraryも、もう一度考えなおした方がよい。「薄暗い本屋」でよろしいか? 違うと思う。結論から言えば「古本屋」なのだ。
 古本屋を和英辞典で引くとsecondhand bookshopだ。これはsecondhand booksを売る店ですね。obscure booksを売る店があれば、obscure bookshopと言うはずだ。これをポーはobscure libraryと書いた。
 obscure booksとは何か。これは辞書に出ていない。グーグルでフレーズ検索してみよう。たとえばRead Streetというブログ
http://weblogs.baltimoresun.com/entertainment/books/blog/2008/05/obscure_books.html
にはObscure booksという記事があって、
 ヴィレッジ・ボイス紙は作家にアンケートをとって一番好きなobscure bookを挙げてもらった。これでみなさんも今年の夏休みはほかの人たちが読んでいるベストセラーなんか読まないで済みますよ云々とある。

 obscure bookというのは、「珍しい/よく知られていない本」ですね。必ずしも古本とは限らないけれども。
 日本でもsecondhand bookshopには、ブックオフのような安売り店から、珍しい・みんなが読むのではない本を売っていて稀覯本(rare and very remarkable volume)が見つかる可能性のある店まである(反町弘文荘などは店舗を構えず目録だけで商売した)。

 フランスにも後者のタイプの古本屋があったはずで、これをポーはobscure library(=bookshop)と書いたのだ――と考えると平仄が合う。電気はまだなかったから本屋でも何でも「薄暗い」のは当たり前で、わざわざ書く値打ちはない。

bookshop where obscure books are sold
→obscure bookshop→obscure library
 
 初めて会ったのは、モンマルトル街のとある古書店である。偶然、同じ稀覯本を探していたとわかって親しくなった。

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コメント

お見事というほかないですね。稀覯本を探していたのだから「古本屋」であるのは至極自然だと思います。ホームズ訳者の皆さんもこれくらい神経を遣って翻訳に臨んでいただきたいものです。

投稿: 土屋朋之 | 2009年5月23日 (土) 13時59分

恐れ入ります。

投稿: 三十郎 | 2009年5月23日 (土) 14時51分

デュパンなみの名推理です!

投稿: 迷跡 | 2009年5月23日 (土) 20時18分

お久しぶりです。

「モルグ街」新訳講義始まって
いたんですね。楽しみです。

投稿: 熊谷 彰 | 2009年5月24日 (日) 03時07分

どうも、ありがとうございます。

投稿: 三十郎 | 2009年5月24日 (日) 08時44分

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