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2009年8月25日 (火)

被告人は反省しているか(1)

 刑事裁判の判決をいくつか英訳したことがある。窃盗、業務上過失傷害、詐欺、それに覚醒剤取締法違反などの事件である。外国の学者が日本の刑事裁判を研究する参考資料に使ったのだろう。
 ともかく一語一句正確厳密に訳するよう心がけたが、困ったのは「被告人が反省しているかどうか」の訳だ。量刑を左右する重大問題だけれど、英語でどう言えばよいか。

 判決に「被告人は反省している」とはさすがに書いてない。書けるはずがない。
 小説ならば、「彼は妻を殺したが、今ではそのことを反省している」と書いてもよろしい。三人称小説の作者は特権的な、神の如き立場にあって、登場人物の心理を自由に描くことが許される。下手に書いては説得力がないが、それは別の問題だ。
 しかし、裁判官がいくら偉くても、被告人が心の中でどう思っているか、反省しているかいないか、分かるはずがない。判決はたとえば
「二度と覚醒剤は使わず、真面目に家業に励むつもりだと述べるなど、被告人は反省していることが窺われるので……」
 というふうに書いてあった。窺うのならば構わんのか?
「窺われる」はどう英訳するか。

 研究社和英大辞典の「窺う」は
4番目の意味として
4 〔察知する〕 gather; tell; guess; 《文》 infer; surmise.
例文
・彼がこの提案を受諾する意志がないことはその言葉からうかがえる. It may be gathered from what he said that he has no intention of accepting this proposal.
・彼の話から学識の深いことがうかがわれた. His profound learning could be inferred from what he said.
・彼女のしゃべり方からは内心の不安がうかがえた. I could tell from the way she spoke that she was disturbed.

「窺われる」の「れる」は文法用語ではいわゆる「自発」の助動詞だ。ウィキペディアが上手に「自発」を定義している。

日本語の文法における自発とは、 動詞の表現様式で、行為・動作を人が積極的意志を持って行うのでなく、自然にあるいはひとりでに実現する現象・作用のようにいう表現である。

 しかし英語にはこういう「自発」はない。「被告人は反省している」ことがひとりでに(→裁判官の関与なしに)察知される――は、英語では言えず、判決にならない。どうしても訳すると、辞書の例文にならって

It may be gathered from----that the accused [反省している]
The [反省] of the accused can be inferred from---
I, the judge, can tell from---that the accused [反省している]

しかし、これはmayやcanの「可能」(裁判官が主語)で代用しているので、ずれているし、無理筋だ。裁判官が被告人の心理状態をgather/infer/tellすることは、可能か? 被告人が「何をしたか」はならば察知が可能で、判決で認定することになるだろうが。
 これは、「窺われる」はしばらく放っておいて「反省」の方を考えてみるしかない。(続く)

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