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2009年8月12日 (水)

覚醒剤について

反スタイルの記
      坂口安吾
 (青空文庫より)

Ango

 私がヒロポンという薬の名をきいたのは六七年前で、東京新聞のY君がきかせてくれたのである。そのときは二日酔いの薬というY君式の伝授で、社の猛者連中が宿酔に用いて霊顕あらたか、という効能がついていた。けれども、当時はそろそろ酒も姿をひそめて、めったに宿酔もできない世の中になりかけていたから、ヒロポンのお世話になる必要もなかった。
 それから一二年して、仕事にヒロポンを用いているという二人の男にぶつかった。南川潤と荒正人だ。南川がヒロポンというのは話が分るが、荒正人とヒロポンは取り合せが変だ。ヒロポンが顔負けしそうだけれども、彼は女房、女中に至るまでヒロポンをのませて家庭の能率をあげるという奇妙な文化生活をたのしんでいるのだそうである。
 当時は戦争中で、私は仕事もなく、酒もなしという状態でヒロポンのごやっかいになることも少なかったが、時々は、宿酔に用いたこともあって、私の宿酔とくるとドウモウだから、定量以上ガブガブのみ、ちょうど居合せた長畑医師にいさめられたことがある。そのとき、エフェドリンに似た成分の薬だということを教えられた。
 そのうちに空襲となり薬屋にヒロポンの姿もなくなり、本土が戦場になったというような時にヒロポンの必要がありそうだと考えていると、私の兄が軍需会社にいるものだから、その薬なら会社にある、夜業に工員にのませているのだ、といって、持ってきてくれた。ヒロポンが五粒に、胃の薬をまぜて一服になっている。
 私の街が焼野原になった夜、焼い弾が落ちはじめたとき、このヒロポンを飲んだ。どうにも睡くて仕方がないからで、戦争中は私は実にねむかった。そのヒロポンのせいだか、私は妙に怖くなかった。頭上で焼い弾がガラガラやるのを軒の下からながめて、四方の火がだんだん迫ってくるのを変な孤独感で待ちかまえていたのである。
 ホープの編集記者の新美という人が、元来心理学を専攻した人で、戦争中、航空隊に属してヒロポンの心理反応を取り扱い、特攻隊にヒロポンを用いるつもりであったという、多少は度胸をつけること私も実験ずみだが、この新美氏のヒロポンの知識は専門家だから大したもので、私は二時間にわたってヒロポンの講話を承ったが、あんまり専門的な話だから、感心しながら、みんな忘れてしまった。ノートをとっておけばよかった。
 そのとき、ヒロポンは元来モヒ中毒の薬として発明されたものだということを知った。そのうちに覚せい剤としての効能などが分ってきたのだそうである。船酔いなどにも良いそうだ。とにかく、きく。これを飲めば十時間は必ず眠れぬ。その代り、心臓がドキドキし、汗がでる、手がふるえる、色々とにぎやかな副産物があって、病的だが、仕事のためには確かによいから、自然、濫用してしまう。

 織田作之助がヒロポンを濫用していた。彼は毎日ヒロポンの注射をして仕事にかゝるのだが、毎日というのは、よろしくない。
 私は仕事の日と、遊ぶ日を別にしており、仕事の日は仕事だけ、遊ぶ日は遊ぶだけ、というやり方だからヒロポンは毎日用いてはいない、もっとも、ヒロポンを用いて仕事をすると、三日や四日の徹夜ぐらい平気の代りに、いざ仕事が終って眠りたいという時に、眠ることができない。眠るためには酒を飲む必要があり、ヒロポンの効果を消して眠るまでには多量の酒が必要で、ウイスキーを一本半か二本飲む必要がある。原稿料がウイスキーで消えてなくなり足がでるから、バカげた話で、私は要するに、全然お金をもうけていないのである。
 織田のヒロポンは毎日だから、ひどかった。毎日ヒロポン、仕事、遊び、ヒロポン、仕事という順序で、くぎりがないから不健康だ。織田のヒロポンは注射だが、私は注射は好まない。第一回目だけ、よく利く。打ったとたんに頭が澄んでくるから、バカにきくように思えるけれども、一時間もすると、ぼやけてくる。二本目を打つ。もう、さほど利かない。
 飲む方はすぐは利かぬが、効果が持続的だから、私のように、仕事は仕事だけまとめてやるというやり方には、この方にかぎる。どうしても飲みすぎて、顔色はそう白となり、汗はでる、動きはうつ、どうもいやだ、もう飲みたくないと思うけれども、仕事の無理をきかせるためには飲まざるを得なくなってしまう。
 新潮と改造の新年号の小説の時はひどかった。どっちも、まる四日間、一睡もしていない。そうかといって、書き上げても、酒を飲んででい酔しなければ眠ることができないので、えゝマヽヨ、死んでもいゝや、と思って、銀座のルパンへウイスキーを飲みにでかけたものだ。あの日の心臓の動きはひどかったので、途中でブッ倒れるような気がして、仕方がなかったのである。
 その日、織田が昨日かっ血したということをきいたのである。石川淳がめいていしていて、織田はかっ血したから好きだ。かっ血する奴はみんな好きだ、死んでしまえば、なお、好きだ。と、石川式のことを叫んで立上ってフラフラしていた。
 石川淳だの太宰治というヒロポン型の先生がヒロポンを用いておらず、荒正人だの私のようなのがヒロポンを濫用しているのは、はなはだしくスタイルを裏切るものだから、私もヒロポンはやめたいと思っているのだが、近ごろは万事スタイルの混乱時代で、先日代々木の街頭で、おれがこの道を歩いているとだれでも共産党だと思うだろうな、と言ったら、友人のいわく、さにあらず、共産党はみんなオシャレだよ。とても、身だしなみがいゝんだ、という話で、私みたいのボロ洋服、頭髪ボウボウは共産党にもしてくれない。よってヒロポンを飲み、スタイル混乱期のおつきあいをしているような次第なのである。

 坂口安吾の『反スタイルの記』は、東京新聞の昭和22年2月6日、7日号に載った。当時は覚醒剤はまだ合法だった。
 覚醒剤取締法は、昭和26年6月30日に公布された。

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にトラックバックしていただきまして、誠にありがとうございます。

 ですが、トラックバックとは、その機能がブログに設けられた元々の趣旨は、リンク報告を行うための機能です。したがって、自分のブログ記事からリンクを張ること抜きにトラックバックを行うことは、本来はネチケット(ネットワーク上のエチケット)に反する行為になります。

 今回は、せっかくトラックバックしていただきましたので、お礼と感謝の意味を込めて当方からもトラックバックを行いましたので、相互トラックバック状態とした結果、「お互いにリンクして、お互いにリンク報告した」状況と化させましたので、事後的に問題が無い状況になっております。

 次回以降は、拙ブログにトラックバックしていただくことはありがたいのですが、その前にリンクしていただければありがたく存じます。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

投稿: カミタクこと神山卓也 | 2009年8月15日 (土) 08時12分

へえ、そんな規則があったのか。たぶん、杉村太蔵が国会で決めたのを僕が知らなかったのだ。

投稿: 三十郎 | 2009年8月20日 (木) 01時02分

> へえ、そんな規則があったのか。
→ 規則ではなくてマナーや礼儀の類です。別に何も日本でも外国でも、法律で禁じられている訳ではありませんし、マナーの問題なので「法律」よりはむしろ「心」や「相手の感情」の問題です。これがマナーである理由は2つあります。

1.理由1:そもそもブログという仕組みが(米国で)発明された際にトラックバックという機能が設けられた趣旨・目的自体が、本来、リンク報告のためであったこと。

2.理由2:上述のような建前や理念はさておいても、実態としても、「リンク抜きのトラックバック」は自分だけが一方的に有利になり、相手には得をさせない一方通行な方法であること。なぜならば、トラックバックするということは、「相手側ブログサイトから自分のブログにリンクが張られた状態になる」ということになりますので、自分のブログに相手へのリンクが無ければ、相互リンクのメリットを相手が受けられないまま、自分だけが一方的に得をすることになるからです。それ故、相互互恵の精神に基づけばネチケット違反になる訳です。

 逆に言えば、自分の側のブログがマトモな内容である限り、リンクを張って相手先ブログに言及した上でのトラックバックであれば、何の予告も抜きに一方的にトラックバックを張っても、誰からも文句を言われる筋合いはなくなります。特に、相手側ブログに好意的に言及してリンクした上でのトラックバックであれば、余程変わり者以外は喜ぶと思います。自分が得をするときには相手も得をすればお互いハッピー、回り巡ってみんなでハッピー、そんなトラックバックをお互いにし合おうではありませんか。

投稿: カミタクこと神山卓也 | 2009年9月 2日 (水) 20時28分

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