刺青について(2)
「いま彼は僕のささやかな仕事をフランス語に翻訳しているところなのだ」
「君の仕事?」
「ハハ、知らなかったのか」と彼は大きな声で笑った。「実は恥ずかしながら論文をいくつか書いていてね。どれも専門的なテーマを扱ったものだ。たとえば、これは『各種煙草の灰の識別についてUpon the Distinction between the Ashes of the Various Tobaccos』というのだ。140種類の葉巻、紙巻、パイプ煙草をあげて、灰の違いをカラー図版で示してある。これは刑事裁判でよく問題になる点で、まさに事件の鍵になることもある。たとえば、ある殺人がインドのルンカ葉巻を吸う男の仕業と分かれば、捜査の範囲が狭まることは明らかだろう。専門家が見れば、トリチノポリ葉巻の黒い灰とバーズアイの白くてふわふわした灰では、キャベツとジャガイモぐらいの違いがあるのだ」
(四人の署名)
このモノグラフのことは前にも触れている。そのときは140種類とは言わなかったけれども。
「それから床に散らばった灰を少し集めてみたが、黒い薄片状のものだった。こういう灰ができるのはトリチノポリ葉巻だけだ。僕は葉巻の灰については専門的に研究して、論文まで書いているのだ。自慢じゃないが、葉巻でも刻み煙草でも、一目見れば銘柄が当てられるよ」
(緋色の研究)
正典のなかでもう一箇所、同じモノグラフに触れている箇所がある。
「親子が口論している間、その男は例の木の陰に隠れて立っていたのだよ。しかも煙草まで吸っていた。葉巻の灰があったのだ。僕は煙草の灰についてはいささか詳しいから、インド葉巻だと分かった。ご存じのように、僕は以前から煙草の灰には関心があって、140種類のパイプ煙草、葉巻、紙巻の灰について、ちょっとした論文を書いているくらいだからね。灰が落ちていたので周りを見回したら、苔の間にやつが投げ捨てた吸いさしが見つかった。ロッテルダムで巻いているインド葉巻だ」
(ボスコム谷の謎)
『四人の署名』に戻ると、ホームズは『各種煙草の灰の識別について』のほかにも自分が書いたモノグラフをいくつか挙げています。
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