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2009年9月15日 (火)

刺青について(9)

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 1906年(明治39年)、明治天皇にガーター勲章を授けるコンノート殿下。ガーター勲章は英国の最高の勲章である。舞踏会で女の人がガーター(靴下止め)を落としたのを王様が拾って自分の脚につけたのがはじまりという粋な勲章である。だから脚につける。1902年に日英同盟を締結し1905年には日露戦争に勝ったので、天皇がガーター勲章を受けることになった。この勲章は、大正天皇、昭和天皇、今上天皇ももらっている。
 コンノート殿下はヴィクトリア女王の三男である。アルバート・ヴィクター王子とジョージ王子は長男アルバート・エドワード(エドワード7世)の子供なので、コンノート殿下の甥に当たる。殿下は1881年(明治14年)に来日した甥たちの腕の龍の刺青を見て感銘を受けたから、自分も刺青をすることにした。天皇に勲章をつけてから日光東照宮を見物に行ったが、名人初代彫宇之(1843-1927)を日光に呼んで刺青を彫らせた。図柄は不動明王だったという説もあるが、これは怪しい。背中一面に彫るだけの時間はなかったはずだ。

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 コンノート殿下は日本で熱狂的に歓迎された。三越がカラーのブロマイドを出したくらいだ。夏目漱石などはこの騒ぎを苦々しく思っていた。

水島寒月
「それから、我に帰ってあたりを見廻わすと、庚申山一面はしんとして、雨垂れほどの音もしない。はてな今の音は何だろうと考えた。人の声にしては鋭すぎるし、鳥の声にしては大き過ぎるし、猿の声にしては――この辺によもや猿はおるまい。何だろう? 何だろうと云う問題が頭のなかに起ると、これを解釈しようと云うので今まで静まり返っていたやからが、紛然雑然糅然としてあたかもコンノート殿下歓迎の当時における都人士狂乱の態度を以て脳裏をかけ廻る。……」

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コメント

いつもは意見しております。
私自身、日々仕事に追われ、本業でありながら
恥ずかしながらこのサイトのような詳しい歴史に接することができませんでした。
リンクさせていただいてかまいませんでしょうか?
本当に深い考察、頭が下がります。毎回、楽しみにしています。
また、先日の写真の使用のご許可をいただきましてありがとうございました。(^-^)

投稿: horimitsu | 2009年9月15日 (火) 23時00分

本職の方ですね。恐れ入ります。どうぞリンクなさってください。のりピーもアメリカの真似の「タトゥー」ではなく、本格的な日本式で緋牡丹なんかを彫ればよかったのですね。

投稿: 三十郎 | 2009年9月16日 (水) 13時24分

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