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2009年10月13日 (火)

中国は崩壊するか(3)

 暴力装置を独占していて容赦なく使う覚悟があれば、政権はまず崩壊しない。少々人が死んだくらいでは平気だ。
 鄧小平は、天安門事件に懲りて、人民解放軍とは別に人民武装警察部隊を作った。これは二百数十万人以上いるらしい。武器を持たない市民に対して戦車を出す必要はないのだ。

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 1958年に毛沢東が始めた大躍進政策によって、中国は1960年まで3年連続の大飢饉に見舞われ数千万人の餓死者が出た。毛沢東は1959年の廬山会議で失墜し、劉少奇(国家主席在任1959-68)や鄧小平が主導権を握った。これに反撃するために毛沢東が開始したのが文化大革命である。

1965年11月 姚文元、京劇『海瑞罷官』批判論文で文革の端緒となる
1966年5月 紅衛兵結成
1969年4月 第9回党大会で林彪の政治報告
1971年9月 林彪事件
1972年2月 ニクソン訪中
1973年8月 四人組が中央委員となる
1976年9月 毛沢東死去
1976年10月 四人組逮捕

 文化大革命によって1000万人以上が殺戮されたと言われる。現在も中国各地で年間9万件以上の暴動が起こっているが、すべて鎮圧されている。
 義和団の乱(1900-1901)の頃と違って、政府の暴力と民間の暴力の間に著しい懸隔がある。暴動が体制の転覆につながる恐れはない。
 義和団の乱は英語ではBoxer Rebellionという。Boxerとはブルース・リーのようなカンフーのことだ。義和拳というカンフーの組織が中心となった暴動が北京に押し寄せると、西太后は列強に宣戦布告せざるを得なくなった。日本など八ヶ国が派兵してようやく鎮圧した。

Boxersoldiers

 中国史上、各地で暴動が起きて、暴動の首領(=大盗賊)が一地方を支配した例は多い。大盗賊が皇帝の位に就くこともあった。元祖盗賊皇帝が前漢の初代皇帝となった劉邦(前202-195)であり、最後の盗賊皇帝が毛沢東である。(高島先生の本参照) しかし現代では、暴力で中国共産党に対抗できる勢力は皆無である。「暴動→中国崩壊」が近い将来に起こるはずがない。

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