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2009年11月 5日 (木)

悪女か毒婦か

 週刊新潮の広告を見ると、例の34歳の女のことを『「毒婦」のグロテスク人生』という特集記事にしている。
 毒婦なんて言葉はひさしぶりだ。毒婦高橋お伝というのがいた。大昔の話だ。

高橋お伝(嘉永元年(1848年) - 明治12年(1879年)1月31日)は仮名垣魯文の「高橋阿伝夜叉譚」のモデルとなった女性である。上野国利根郡下牧村(現群馬県利根郡みなかみ町)出身。「明治の毒婦」と称された。
(以上ウィキペディアより。以下も同じ)

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・1848年 誕生、生後すぐに養子に出される(生年を1850年・1852年とする説もある)。
・1867年 高橋浪之助と結婚
・1872年 高橋浪之助がハンセン病発病後死去。毒殺などと言われるが実際には彼女は看病しており、当時の「毒婦物」の流行の為に脚色されたに過ぎない。その後小川市太郎と恋仲になる。
・1876年8月27日 東京・浅草蔵前で金を目的に古物商後藤吉蔵を殺害。
・1876年9月9日 強盗殺人容疑で逮捕、裁判で死刑判決が下る。
・1879年1月31日 市ヶ谷監獄にて死刑執行。8代目山田浅右衛門により、日本における女性死刑囚最後の斬首刑に処された。墓所は谷中霊園、なお、墓は、小塚原回向院にも、片岡直次郎・鼠小僧・腕の喜三郎の墓に隣接して墓石が置かれている。

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 死刑執行の年1879年(明治12年)のうちに、河竹黙阿弥が歌舞伎『綴合於伝仮名書』に仕立て、新富座で上演された。高橋お伝には五代目尾上菊五郎が扮した。同じ年に仮名垣魯文の小説『高橋阿伝夜叉譚』も刊行。
 映画は1958年中川信夫監督『毒婦高橋お伝』など多数。

 この34歳の女は少々桁外れなので、週刊新潮も「毒婦」なんて言葉を復活させたのだろう。「悪女」では足らない。
 それに「女の悪人」という意味で「悪女」を使うのは間違いだ。

広辞苑
あくじょ【悪女】
①性質のよくない女。
②顔かたちの醜い女。醜婦。

 これは広辞苑が間違っている。斎藤秀三郎の和英大辞典

あくじょ〔悪女〕〈名〉An ugly woman; a plain woman; a homely woman
◇悪女の深情け The plainer the woman, the fiercer the love.

「平凡な/家庭的な女」がなぜ悪女かなどと言うなかれ。plain/homelyはuglyを婉曲に言っただけだ。

 女性解放への努力によって、女も男と同様に悪人になれるようになったのは、まことに慶賀すべきことであります。その結果、女の悪人を「悪女」と呼ぶようになったのであります。本来は間違いなのですが、広辞苑ももはや大勢に抗しがたしと見て、この用法を認めたのでしょう。
 むかしの日本の女は「女の悪人」になるだけのエネルギーがなかったのです。ごく稀に女の悪人が出現すると、男はびっくりして「毒婦」と呼んだのであります。
 男女共同参画ばんざい。

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