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2009年11月 1日 (日)

パセティック

(海辺のカフカでフェミニズム二人組が大島さんを追求するシーン)
 背の低い女性がそこで初めて口を開く。声は鋭く高い。「あなたの主張していることは結局のところ内容空疎な責任回避、言い逃れに過ぎません。現実という便宜的タームを持ちだすことによって、安易な自己正当化をおこなっているだけです。言わせていただければ、あなたはまさに男性性のパセティックな歴史的例です」
パセティックな歴史的例」と大島さんは感心したような口調で繰り返す。声の響きからすると彼はその表現がけっこう気に入ったようだった。
(19章)

 この「パセティック」はどういう意味か? 大島さんは「けっこう気に入った」というのだけれど。
 パセティックは、「悲愴」「悲壮」だと思っていませんか? 英語では違う。「みじめったらしい」「情けない」「だめな」という意味です。

 チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」があった。あれはpatheticじゃなかったかな。ウィキペディアを見てみよう。

(チャイコフスキーの交響曲第6番の)副題については、日本語訳に関して諸説がある。曰く、チャイコフスキーがスコアの表紙に書き込んだ副題はロシア語で「情熱的」「熱情」などを意味する "パテティーチェスカヤである故に「悲愴」は間違いである、というものであるが、チャイコフスキーはユルゲンソンへの手紙などでは一貫してフランス語で「悲愴」あるいは「悲壮」を意味する "Pathetique" (パテティーク)という副題を用いていたため、一概に誤りとは言えない。ベートーヴェンの悲愴ソナタも作曲者自身によって付けられた副題はフランス語の"Pathetique"である。もっとも、パテティーチェスカヤもパテティークも語源はギリシャ語の"Pathos"(パトス)であり、ニュアンスとしては関連性がある。

 フランス語のpathetiqueと英語のpatheticとドイツ語のpathetischはギリシャ語のpathosが語源だ。ところが英語だけは意味が違うのですね。

 私は前に偶然これに気づいた。ジャック・ニコルソンの『ファイブ・イージー・ピーセズ』という映画があった。

Five_easy_pieces_chicken_salad_sand

 主人公とと女友達がケンカになって、女が泣き出す。男が

"Don't be pathetic!"

と怒鳴る。「おい、メソメソするな!」だ。
 なるほど英語ではそういう意味だったのか。それから気をつけて読んでいるが、patheticを「悲愴」の意味で使った例は見たことがない。まず「みじめったらしい」くらいの意味だ。

 辞書は

pathetic 〔初16c;ギリシア語 pathetikos (敏感な)〕
【形】
1哀れな, 痛ましい(pitiful);感傷[感動]的な∥a ~ story 哀れな物語.
2((略式))〈努力などが〉まったく不十分な, 取るに足りない;救いようのない, ひどい, とても悪い
∥She took three weeks to answer my letter. Isn't it pathetic ?  彼女は3週間もしてから返事をよこした. ひどいと思わないか.
3((廃))感情に影響される[左右される].

 古い英語には1や3の意味で使った例があるのだろう。しかし、2の「略式」が今では主流だ。訳語はもう一工夫する必要があると思う。

 同じギリシャ語の語源pathosから派生しても、英語だけ意味がずれてきたみたいだ。
 WordReference.comというサイトで
http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=1517466

Don't be pathetic!
をどう独訳すればよろしいか、という質問が出ている。直訳の
Sei doch nicht pathetisch! でよろしいか?
これに対する答え
Lass die Mitleidstour! (「哀れな真似はやめろ」くらいか?)
 と訳すべきだ、とドイツ語が母語の人が答えて、こう付け加えている。

"pathetic" and "pathetisch" are false friends.
The German word "pathetisch" means excessively passionate.
The Endlish word "pathetic" means bemitleidenswert, erbarmlich.

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