« 毛むくじゃらのアイヌ人(7) | トップページ | 毛むくじゃらのアイヌ人(8) »

2009年11月12日 (木)

関西弁の歎異抄?

2006061220060804_001_002_026

歎異抄 序
 ひそかに愚案を回らしてほぼ古今を勘ふるに、先師の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑有ることを思ふに、幸ひに有縁の知識によらずんば、いかでか易行の一門に入ることを得んや。まつたく自見の覚悟をもつて他力の宗旨を乱ることなかれ。よつて故親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところいささかこれをしるす。ひとへに同心行者の不審を散ぜんがためなりと云々。

歎異抄 序
 ひとに聞かせられへんアホなことばかり考えているワテ(唯円)ですけど、昔のことや今のことを思うてみるにつけても、先師・親鸞聖人のいわはった教え(=口伝)が真の信心と異のうてきたのを嘆いとります。後で学んで後に続こうとしなはる人の疑惑があるんやないかと思えてならしまへん。うまいことに縁ある人に教えてもらわな、アンキな易しいやり方(=易行)の仲間に入られへんのやないか。まったく自分の思い込みだけで「ひとまかせ(=他力本願)の宗旨を乱してはあきまへんのや。亡くなりはった親鸞聖人のいわはった御物語のおもむきを、耳の底に残ったままのもんを、ちょっとここに書いてみようと思うとります。ただただ同じ信心を行う人々の、不審な心を晴らすためのもんにほかなりまへん(ということです)。
(川村湊訳p.13)

 川村湊氏は北海道網走番外地の生まれだそうだ。だから、こんなニセ関西弁を使うのだな。はんかくせえ。網走弁で訳してみろ。
 私は関西弁のネイティブスピーカーだけれど、こういう言葉を使う人は知らないよ。「亡くなりはった親鸞聖人のいわはった御物語」とは何だ!
 歎異抄の筆者唯円という人は常陸の国(茨城県)の出身だ。これは立松和平さんあたりに訳してもらうのがいいと思う。

0224o2_2

「僕は他人に聞かせられない馬鹿なことばっかり考えているんだよねー。でも昔のことや、今のことを考えてみるとー、先師親鸞聖人のー、教えがー、ほんとの信心とは全然違って来ちゃってるんだよねー。困るんだよねー」

|

« 毛むくじゃらのアイヌ人(7) | トップページ | 毛むくじゃらのアイヌ人(8) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/32171213

この記事へのトラックバック一覧です: 関西弁の歎異抄?:

« 毛むくじゃらのアイヌ人(7) | トップページ | 毛むくじゃらのアイヌ人(8) »