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2009年12月 9日 (水)

身長について(1)

……たとへば西郷隆盛の身長は一七八・八センチで、体重は一〇八・七五キロであつた。これは先々代若乃花の身長と体重にほぼ近い。このことは前にも書いた(『青い雨傘』所収)。
 夏目漱石の身長・体重はわかりませんね。森鴎外も不明。
 三島由紀夫は、これは体重はわからないが、身長ならわかる。
 自称によれば一六五センチですが、実は一六二センチであつたといふ藤田三男さんの証言があります。藤田さんは河出書房の元編集者。でも、わたしがどこかの劇場ですれ違つたときの印象で言へば、一六一センチくらゐだつたなあ。あれぢや権力意志が高まつて、自衛隊に突入したくなるよ。(『人形のBWH』p.197)

 丸谷才一の最新エッセイ集におさめる「ロンメル戦記」の一節。「砂漠の狐」と呼ばれたドイツのエルヴィン・ロンメル将軍(1891-1944)の戦記のことだけれど、わずか数行の間にも西郷隆盛から三島由紀夫まで話があちこちに飛ぶのが丸谷流だ。
 西郷隆盛の身長体重については、たしかに『青い雨傘』に書いてあった。

 史料によれば、西郷隆盛は、身長五尺九寸、体重二十九貫ですね。これを換算して、現代の力士と比較してみます。……

(換算すると、五尺九寸=178.8cm、二十九貫=108.75kgになるらしい。先々代若乃花が179cm、105kgであった。)

Mrt0812201246001p1

……つまりおほよそのところ、若乃花(先々代)すなはち前双子山親方くらゐだつたと思へばいいわけです。おや、小兵ぢやないか、などと言ふなかれ。幕末から維新にかけての日本人は今よりもずつと丈が低かつたから、当時としては西郷はものすごい巨漢だつたでせう。威風あたりを払ふものがあつたに相違ない。

 しかし、西郷隆盛が178.8cm、108.75kgというのはどんなものでしょう? 丸谷才一とも思えない。上手の手から水が漏れたか? 
 西郷隆盛が身長と体重の測定を受けたか? 相撲取や学生じゃないんだから、そんなことはしない。
「西郷さん、あんたの身長と体重はどれくらいかな?」
なんて、失礼なことは勝海舟だって聞けなかったでしょう。

Katsusaigou

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コメント

はじめまして、つい最近より読ませて頂いてます。

歴史上の人物の身長の話は、どこからそんな具体的な数字が?と思うことがしばしばあります。
小倉鉄樹の『おれの師匠』には、山岡鉄舟は身長は190センチ近く、体重は100キロを超えていたと書かれているらしく、こうなると「当時としては」巨漢だった、どころの話でなくなってきます。俄かには信じ難い数字です。
確かに写真の鉄舟は立派な体格に見えるのですが。

それにしても丸谷さんは一瞥で身長1センチの違いを見て取れるのか、とちょっと笑ってしまいました。

投稿: yjdmq | 2009年12月 9日 (水) 10時56分

>丸谷さんは一瞥で身長1センチの違いを見て取れるのか、とちょっと笑ってしまいました。
僕も笑っちゃいました。丸谷さんはよほど三島由紀夫が嫌いと見える。僕は三島由紀夫と自分を比べて、「この人は160センチ未満だ」と思いました。

投稿: 三十郎 | 2009年12月 9日 (水) 11時52分

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