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2009年12月22日 (火)

リングサイド(1)

 十九世紀が終わるころに(アメリカで)がぜん勢いづいてきたのが、ランカシャー・スタイルを土台にラフ・アンド・タンブルのテクニックと柔術を融合させた、なんでもありという意味のキャッチ・アズ・キャッチ・キャンという形式である。グレコローマンとはちがって、腰から下へのホールドが許され、フォールとギブアップの意思表示で勝負が決まるため、動きが速く刺激にあふれ、暴力的でさえあった。……

……こうしてキャッチ・スタイルは、起源をイギリスに持ち、日本の武術を採用したものであるにもかかわらず、アメリカ固有のレスリング形式であると考えるようになった(現代では、アメリカのキャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイル、としばしば留保がつけられる)。キャッチ・スタイルは生粋のアメリカ産だ、とするキャッチ信奉者の主張にはあいまいなところがあったが、グレコ・ローマンといういかにも非アメリカ的な名称を持った形式よりは、よほど北アメリカ的な出自を感じさせた。……
(p.p. 59-61)

 本書によれば「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」は

(1)「どこを掴んでもよい」ではなく、「何でもあり」という意味だった。
(2) サブミッションありだった。
(3) 柔術を取り入れていた。

 ということになる。
  これは通説とは大いに異なる。これだけのことを言うのならば何か証拠を挙げるべきだろう。
 たとえば(1)は、私が「キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの意味」http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/1-5cb0.html
 などで、英語の例文を挙げて詳しく論じた。「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」は要するに「どこを掴んでもよい」ということで、フリースタイルの別名だった。ただ例文は英国のものに片寄っていた。あるいはオックスフォード英語辞典などの辞書編集者の目が届かない米国用法があったのかも知れない。それなら教えて欲しいものだ。

「十九世紀が終わるころ」に「なんでもありという意味のキャッチ・アズ・キャッチ・キャン」が「がぜん勢いづいてきた」と言うのならば、たとえばそのころの新聞記事をいくつか引用するくらいの手間はかけてもよいはずだ。
 しかし筆者はそういうことは考えても見なかったようだ。

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