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2010年1月 2日 (土)

物価について(1)

(アーサー・コナン・ドイルの父)チャールズは、この輝かしい兄たちと肩を並べるわけにはいかなかった。彼は公務員になり、生涯の大半をエディンバラ市の工務課で過ごした。余暇には絵を描き、夢見がちな性格で冷たい面があり、経済面では家族をいささか苦労させた。年収二百四十ポンド[二百八十六万円]と、絵を売って得る六十ポンドとで、夫婦はつましく暮らし、自分たちの輝かしい家系が心の支えになる一方では、重荷でもあり、チャールズはドイル一家の中ではだめな人間であると嘆いていた。(新潮選書 p.11)

 ドイルの父チャールズがメアリ・フォリーと結婚したのは1855年のことである。彼はその少し前に19歳でエディンバラ市のGovernment Office of Works(「工務課」)に就職した。このときの給料が年俸240ポンドであったらしい。(ヘスキス・ピアソンのドイル伝による。)
 当時の英国の給与体系では年功序列は考慮されず、職務給であり、チャールズはいつまでたっても昇進しなかったので昇給もなかったようだ。絵を売って得る金は、ヘスキス・ピアソンによれば50ポンドであり、しかも確実に見込める収入ではなかった。
 
 
 森永卓郎氏だって若いころは年収300万円だったのだそうで、若い二人ならば何とかやって行けた。しかし1859年に長男アーサー・コナン・ドイルが生まれ、その後も次々と子供が生まれると生活は困窮した。(続く)

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