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2010年1月23日 (土)

前田光世の伝記(3)

 ハッケン・スミスの話は神山氏の本の110頁から112頁に出ている。
 アルハンブラ劇場での大会が終わったころ、
「ロシアのレスラー、ハッケン・スミスが一週間の興行を行っていた。当時スミスはキャッチ・アズ・キャッチ・キャン式のレスラーとしては、ヨーロッパで並ぶ者なしといわれる強豪だった。」

 ロシアのスミスは、いかにも変でしょう。
 このスミスが新聞に日本の柔術も大したことはないという署名記事を出した。前田はすぐに彼が興行している会場へ乗り込み、「ここで勝負しろ」と迫った。

  するとロシアのライオンと呼ばれたスミスが縮み上がって、
「いやそういう申し込みをされても困る。あの記事は私が言ったことではない。記者が勝手につけ加えたものだ」
 と言って、わざわざ新聞記者を呼んで弁明につとめた。どんな条件でもいいと前田が言っても、スミスは決して勝負に応じようとはしなかった。
(p.111)

  112頁の記述を見ると、このスミスなる者は、ジョージ・ハッケンシュミットのことだと分かる。

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 ハッケンシュミットはドイツ系ロシア人で、Hackenschmidtは複姓である。複姓はFischer-Dieskau(バリトン歌手)やBarton-Wright(バリツ創始者)のようにハイフンを入れることが多いが、単にくっつける場合もあるようだ。Hackenは「かかと」の意味、Schmidtは「鍜冶屋」で英語のSmithである。
 英国ではHacken Smithと呼ばれることが多かったのだろう。ハッケンがファーストネームだと思われて、ハックと略することもあった。
 ハックスクワットは、ハッケンシュミットが好んで行ったスクワットだ。

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