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2010年1月 5日 (火)

物価について(4)

 こうして完成した『緋色の研究』の原稿を、ドイルは意気揚々と出版社に送付した。しかし、どこからも色よい返事がなく、原稿の引き取り手がないという最悪の状態に陥った。ようやくワード・ロック社に採用されたものの、印税契約はお断り、著作権付きの買い取りで25ポンド*という条件。現在のお金に換算して60万円くらいだろう。しかし、翌1887年に発表された記念すべきホームズの第1作は、さっぱり注目されなかった。
 *ポンド
 イギリスの通貨。現在の十進法ポンドと異なり、補助通貨はシリングとペニーの2本立て。当時の1ポンドを現在の2万4000円で計算した。(p.21)

 諸兄邦香氏の換算率は小林・島氏の倍である。

 シャーロック・ホームズが初めて登場する作品には『もつれたかせ糸』という題をつける予定だったが、結局『緋色の研究』に改めた。この作品が完成すると、ドイルは『コーンヒル』誌の編集長ペインに原稿を送って連載して貰えまいかと訊いてみた。ペインはドイルに、この作品は『コーンヒル』誌に一括掲載するには長すぎるし、連載するには短すぎる、と言って断わった。ドイルは自信を失わずに、原稿をまずアロースミス社、それからウォーン社へと送ったが採用されず、最後にウォード・ロック社が独占掲載料として二十五ポンド[三十万円]支払ってくれることになった。(新潮選書p.p.47-8)

『緋色の研究』の買い取り料金は60万円か30万円か? どちらにしても安すぎる。ドイルがこの原稿に関して受け取った1886年11月2日付の手紙がヘスキス・ピアソンのドイル伝に出ている。

拝啓
 昨日付貴翰拝受致しました。御申越の印税御支払については、混乱を生ずる恐れ有り、遺憾ながら御意に適いかねます。御作は小社年鑑に掲載致すべく、25ポンドにて版権買取の当初条件通りとさせて戴きたく存じます。
              We are, dear Sir,
                  Yours truly,
                  Ward, Lock & Co.

 というわけで、『緋色の研究』は1887年にBeeton's Christmas Annualに一挙掲載された。その後版を改めてずいぶん売れたのに、ドイルは25ポンド(30万円? 60万円?)以上は一文も受け取らなかった。

 諸兄氏のホームズ研究では、正典に出てくるポンドを一々邦貨に換算してある。
 ボヘミア王がシャーロック・ホームズに当座の費用として渡したのは1000ポンドだから、2400万円! 小林・島式では1200万円。
 アイリーン・アドラーが持っている写真については
「あの写真が手にはいるならば、余は王国の一州を割き与えるも厭わぬつもりでおる」
と仰せになるのだから、王様としては2400万円だろうが1200万円だろうが、どちらでもよい。余は金に糸目はつけんぞ。(むかしはアメリカン・エキスプレスなんかなかったから、現金を持ち歩いたのですね。)

 ウィルソンさんがエンサイクロペディア・ブリタニカの筆写の報酬に赤毛連盟からもらったのは週に4ポンド。諸兄式で10万円。小林・島式で5万円。微妙な差ですね。しかし質屋はあまり儲からなくなっているので、5万円でも大変にありがたい。

 初めにかえってチャールズ・ドイルの年俸240ポンドは?
 やはりこれは286万円ではないだろうか? 諸兄氏の換算率で年俸576万円ならば御の字ではないか。貧乏とは言えない。
 マイクロフト・ホームズは弟に言わせると
「時には兄が英国政府そのものだといっても過言ではない」
ほど本当は偉いのに、年俸450ポンドの薄給に甘んじている。これは540万円の方が1080万円よりもかえって凄みがあるでしょう。ホームズ家は先祖代々の地主だから、マイクロフトには遺産から上がる不労所得が別にあることは言うまでもない。給料など問題ではないのだ。

 諸兄邦香氏の『シャーロック・ホームズ 大人の楽しみ方』はおすすめです。相当のマニアでも知らない新知識がある。ただ、邦貨換算率はちょっと考えなおした方がよろしい。

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コメント

 拝啓
 はじめまして。拙著「シャーロック・ホームズ大人の楽しみ方」をご紹介くださいまして、どうもありがとうございました。貨幣の現在価値への換算については、個々の品目の価格を比較することが困難なため、『同一人物(花婿失踪事件)』の記述を参考にして、衣食住が保証された未婚女性のおこづかいから、1ポンドを24000円としました。ただし、私はいわゆるバブル世代なので、他の世代の方とはズレがあるのかもしれません。つまり、メアリー・サザーランドの公債利息収入が年に約100ポンドで、それだけあれば、旅行をしたり、いろいろと楽しめるということになっていますから、月に10万円ではいささかさびしい、そこで月に20万円かという感じです。当時、紳士階級(中産階級)の末席が年収500ポンドでしたから、500ポンドは1000万円以上だと考えています。
 ただし、第1次世界大戦中に物価(穀物価格)が2倍に騰貴したので、以後は1ポンドが12000円といったところでしょうか。   敬具

投稿: 諸兄邦香(田中立恒) | 2010年12月10日 (金) 03時12分

物価はむつかしいですね。現代の日本と現代のイギリスなら、ハンバーガーの価格でも比べておけば近似値が出るのですが。しかし、専門家にはたとえば1890年の英国と1990年の日本の物価を比較する算式があるはずです。
「物価について」で考察したドイル父の年収などはだいたい300万円以下ということでよいでしょう。
上流階級では、ウィンストン・チャーチルの両親は1874年に結婚して、妻の持参金の利回りと夫が父親の公爵からもらう手当を合わせて年収3000ポンドだった。いくらになるのかな?

投稿: 三十郎 | 2010年12月10日 (金) 11時55分

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