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2010年1月14日 (木)

ワトソンの山高帽

 ワトソンはコロスと同じように常に舞台上の出来事を見ている。この点では読者と同じ立場にあるはずだ。しかしコロスと同じように、恐るべきたくらみを見破ることはできない。

Drwatson

 そして、このワトソンのしるしは何か? それは彼の山高帽である。これはただの山高帽ではない。彼の祭服であり聖務のしるしなのだ。ホームズはほかの帽子をかぶることもある。しかしワトソンは山高帽を脱がない。深夜のダートムアでも、ライヘンバッハの断崖上でも。掌院やラビが冠を欠かさぬように、ワトソンは山高帽をかぶり続ける。これを脱がせるのはサムソンの髪をデリラが刈り取るようなものだ。ピフプフ氏は言う。「ワトソンと彼の山高帽、これは切り離せない」。これは単なるウールの冠り物ではない。彼のペタソスであり、司教冠であり、三重宝冠であり、光輪である。この山高帽は、不易不動のもの、法と正義、全き秩序、人倫の道、獣性に対する人間性の勝利を象徴するのだ。俗悪無惨な犯罪界を見下ろして、この山高帽は亭々とそびえ、恥じ入らせ、癒し、聖別する。その縁の曲線は完璧な均斉の曲線であり、頭頂の丸みは世界の丸みである。サバリニオーネ教授は言う。「依頼人たちの帽子からはその習慣や性癖が分かる。ワトソンの帽子からはその品性が分かる」。ワトソンはホームズにとってすべてである。彼の主治医であり、引き立役であり、哲学者であり、親友であり、同志であり、伝記作家であり、司祭である。しかし彼が歴史にその名を残すとすれば、それは不撓不屈の山高帽着用者としてなのである。
(ロナルド・ノックス「シャーロック・ホームズ文献の研究」――平凡社新書『シャーロック・ホームズの愉しみ方』に収録) 

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