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2010年2月27日 (土)

インド独立裏面史(6)

 ふつうのイギリス人から見てインド人は「クロンボ」であり「土人」だった。
 1857年のインド大反乱をイギリス人はどう見たか。
『四人の署名』では、ジョナサン・スモールがセポイの反乱を
「何百という黒人の鬼めらが、赤い軍服をつけたままで、燃え上がる家の回りをわめきながら踊り狂っている」
と描写している。
 30年後の1888年にロンドンで「アグラの財宝」をめぐる殺人事件と大捕物があったのだが、財宝が故モースタン大尉の娘メアリに帰属することは誰も疑わなかった。本当はインド人のものなのに。
 インド大反乱が始まるとパンチ誌1857年9月号にJusticeと題するテニエルの絵が載った。テニエルは『ふしぎの国のアリス』の挿絵だけではなく、こういうものも描いていたのだ。

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 正義の女神がイギリス兵に味方して悪い土人を懲らしめている。二度と反抗しないように思い知らせてやる必要があるのだ。
 イギリスはインド大反乱を鎮圧し、ムガール皇帝を廃位してインドの直接統治を始めた。反抗する現地人は徹底的にやっつけた。相手は劣等人種なのだから、白人相手にはできないような残虐行為も辞せなかった。

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 ロシア画家ベレシチャーギンが英軍が大反乱の捕虜を大砲で処刑する様子を描いている。何年にどこで起こった出来事かは調べることができなかった。イギリス人は自国の悪いところはできるだけ隠そうとする。日本人以外はどこの国の人でもそうする。(日本人がアジアでどんな悪いことをしたかは、虚実まじえていくらでも情報がある。)だからざっと調べたのでは分からなかったのだが、ロシア人によるでっち上げではない。記録はあるはずだ。
 インド人が土人視されていたことは確かだが、ほかの有色人種とは少し違う面もあった。インド人の少なくとも一部は「白人」なのではないか? 印欧語比較言語学の知見も考慮しなくてはならないし……

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