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2010年2月 3日 (水)

高尚な柔術と捕手風の柔術

 昔は柔術は幾流にもわかれていて、或る流儀は仕方も高尚であり、したがって、身分ある人も、これを学んだのであるが、また、足軽、その他社会の下層におる人々の間に行われた柔術もあって、それらは多く、逆と取るとか、喉をしめるとか、捕手捕縛に用うるような技術を主として教えたのである。それ故、この類の柔術は、武芸の中でも、幾分か、重んぜられぬおもむきがあったのである。しかるに、社会の多数の人には、高尚な柔術はあまり知られずに、捕手風の柔術が、多く知られておったような関係から、柔術は、剣術・槍術等に比し、武術としてやや下った位にあるもののような感を抱くものが多かった。
……自分は高尚なる種類に属する柔術諸流にわたって研究をつみ、柔術というものは、その方法によっては危険のないばかりでなく、体育として大いに価値のあるものであることを認むるに至ったのであるが、世人には、さようのことは、容易に解らない。世間の人々に、これらのことを了解せしむるまでには、相当の年月を要した。
(p.95)

Art191857printfree

  図は世界のレスリングというサイトhttp://www.wrestlingsbest.com/collectibles/wrestuffartwork001.html より。このサイトでは1857 Japanese Printと書いてある。しかし画風は西洋風でありキャプションから見ても、来日した外人が日本の捕手(とりて)をモデルに描いたものだろう。
 昔は岡っ引きはもちろん与力や同心も「不浄役人」として下に見られていた。1967年の東京都知事選挙で、美濃部亮吉陣営の参謀、中野好夫が「秦野はやっぱり警察官」というスローガンを提案したのは差別感情が残っていたからだ。

20090406165145468

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