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2010年4月21日 (水)

世界最強 ヒョードル格闘技教本(2)

Fedor: The Fighting System of the World's Undisputed King of Mixed Martial Arts
 は、ご存じヒョードルにアメリカ人の格闘技ライター(エリック・クラウスとグレン・ゴンドーザ)が話を聞いて書いた本である。
 27cm×23cmの大判で263頁。ヒョードルが同僚のロシア人ヘビー級選手を相手にパンチとキック、テイクダウン、寝技、パウンドを実演して見せ、説明を加える。

Fedorpridechampion  

  およそ百種類ほどの技やコンビネーションを披露している。
 たとえばp.196-7では、ヒョードルがスパーリングパートナーを相手に「Shoulder Lock from Half Guard Topハーフガードから腕絡み」を極めるところをカラーの連続写真で示し、解説をつけ加えている。この解説(「腕絡み」を見出しではshoulder lock、本文ではkimura lockと書いている)が適切かどうかは、ブログ筆者には判断しかねる。
 腕絡みなどヒョードルにはお手の物だけれども、英語のテキストはアメリカ人のライターが通訳を通じてヒョードルに話を聞いて書いているのである。二人のアメリカ人筆者は格闘技の経験者であろうし、目の前でヒョードルが実演してみせればそんなに間違ったことは書かないだろうとは思う。
 しかし、この二人のアメリカ人ライターは英語があまり上手ではないのだ。この本のはじめにヒョードル自身が語ったという触れ込みのIntroductionがついているが、昨日の「はじめに」はその忠実な翻訳ではない。
 Introductionの第一段落を忠実に訳してみると

 私は人生の最初の二年間をウクライナで過ごしたが、その後私の家族はロシアのベルゴグラード地方の工業都市スターリーオスコル(モスクワの500マイル南)に移った。私はまずふつうの子供だった。余暇は音楽のレッスンと友達とのサッカーで過ごし、あらゆるスポーツマンをアイドル視していた。プロのスポーツマンの生活こそが栄誉に満ちたものだと思った。大人になったら何になろうかと考えると、最高のヒーローであるユーリ・ウラソフの生き方に心が引かれるのだった。

  これは書き換えなければ分からないだろう。

 私は1976年に旧ソ連のウクライナ共和国で生まれ、2歳の時に家族とともにロシア共和国ベルゴロド州スタールイ・オスコル市に移った。私はごくふつうの子供だったが、当時のソ連でステート・アマチュアとして活躍していた競技者たちにあこがれていた。特に重量挙げヘビー級のユーリ・ウラソフ選手が私のアイドルだった。 

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